|
肥田稲荷神社
|
詳細
|
文政7年4月京都伏見稲荷神社より御神体を迎へ肥田三郷稲荷神社として現在の地に鎮座し給ひ、村内安全五穀豊穣、商売繁盛の御守護を仰ぎ、御霊験灼にして特に紛失物の現出祈願に御利生篤く御霊験を授け給ひ、近郷各地よりの祈願者多く、氏子等しく崇敬し、世話人は朝夕神社の管理に仕へ奉り、明治、大正、昭和に至り、氏子・・・・・・・・・・ |
509-5115 岐阜県土岐市肥田町肥田字欠ノ下1821番地の1 |
|
|
土岐支部 2315 |
|
六社神社
|
詳細
|
創建年紀不詳なれども美濃明細記(百岐年)に安八郡森部邑六社神森部邑産土神也とあり、又倭姫世紀に載る処の天照大御神諸国遷幸の時副て仕奉る六柱の神なりと云ふ。即ち倭姫世紀に「倭姫命奉載天照大神而行幸相殿神は天児屋根命、太玉命、御戸開闢神は手力男命、栲幡姫命、御門神は豊石窓命、櫛石窓命云々」とあり、同社近・・・・・・・・・・ |
503-0114 岐阜県安八郡安八町森部424番地の1 |
|
|
安八郡支部 35 |
|
稲荷神社
|
詳細
|
創祀天平年中なるも不詳。新撰美濃誌に曰く当社は古郭内にあり。往昔高須開闢の砌山手の邊萱原の中より白狐現われけるを人見て不思議に思い其の跡を尋ねけるに二臂の辨財天に似た尊像あり。これを取り上げ奉り稲荷大明神と齋い、小祠を右高須山に建立奉りぬ。その後寛永十七年小笠原土佐守下総國開宿より当地に移住せり。其・・・・・・・・・・ |
503-0653 岐阜県海津市海津町高須町354番地 |
|
|
海津市支部 749 |
|
七社神社
|
詳細
|
美濃國大野郡三座の中上鼻長大明神又は七社神社とあり。美濃明細記にしき内花長上明神又は上長瀬七社明社とあり。当長瀬村は往古平安時代に大炊頭政長公居城の地たりし旧跡長山寺過去帳にあり。其の氏族の繁栄に伴ひ分族して各地に根拠を有し、其の地に移り守護神を奉祀せり。即ち府内村に一社神社(現今稲荷神社と称す)本・・・・・・・・・・ |
501-1303 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬1094番地 |
|
|
揖斐郡支部 3023 |
|
稲荷神社
|
詳細
|
本神社は元享年間勤王の志士位山の城主が武運長久子孫繁栄の守護神として清浄なる当地開祖の古墳たる霊地日向山に奉齋せられ、爾来崇敬極めて厚く神威霊妙なり。文政三年五月社殿改築御遷宮と同時に総社山城国伏見稲荷神社より贈位を受けられ、明治三十二年十二月亦贈位ありて以来御神徳弥々上り神徳亦顕著なり。以て崇敬者・・・・・・・・・・ |
509-5202 岐阜県土岐市下石町586番地 |
|
|
土岐支部 2322 |
|
荷機稲荷神社
|
詳細
|
延享元年(1774)ごろ連年凶作が続いたので村人達が村内安全、五穀豊穣祈願のため、この聖地に稲荷大明神を奉祀したところ次第に世の中は立ち直り、その後天明の大飢饉(1782)に際し京都伏見本社から御分神を勧請する議が起き村人6名が上洛し熱願懇望した結果、遂に文化元年(1804)3月御分社の神璽を戴き奉・・・・・・・・・・ |
509-6103 岐阜県瑞浪市稲津町小里560番地 |
|
|
瑞浪市支部 1849 |
|
御鍬神社
|
詳細
|
寛保二年正月十二日は納奉斎。文政七年迄本社伊瀬村に有り。同年十一月当村中の池西方に移し奉納。・・・・・・・・・・ |
505-0053 岐阜県美濃加茂市加茂野町木野字下池521番地 |
|
|
美濃加茂市支部 2446 |
|
四社神社
|
詳細
|
創祀不詳なれども天明元年九月二十九日の棟札あり。濃州大野郡赤石村。・・・・・・・・・・ |
501-1303 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬2051番地の1 |
|
|
揖斐郡支部 3026 |
|
旦之越神社
|
詳細
|
祭神は素盞鳴尊、倉稲魂命。社名の「旦」とは川岸の徴高地であり、ここを降り楡川(にれかわ)を越えて清村の地にお迎えした神社である。創立年月日は定かでないが、西暦1504年頃本荘神社から御分霊を勧請、現在の地に一宇を建立し五穀豊穣と村内安全の守護神として祭祀した。当時の境内地は29坪であった。以来約35・・・・・・・・・・ |
500-8351 岐阜県岐阜市清本町7丁目27番地 |
|
|
岐阜市支部 994 |
|
稲荷神社
|
詳細
|
創立年月日不詳。明治四十一年十月同字江東無格社日吉神社(大山咋神)同字上切無格社片田神社(不詳)同境内社秋葉神社を合併す。昭和二十二年十月二十二日片田神社設立承認神社本庁統理より通達され再分離す。境内社共に移す。創立縁由不詳と雖も建長の始頃里人山城國伊奈利山より五穀豊穣村内安全商売繁昌の守護神として・・・・・・・・・・ |
500-8352 岐阜県岐阜市六条福寿町10番地10号 |
|
|
岐阜市支部 995 |
|