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丸小根神社
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文政年間より明治初年まで秋葉神社を祀れりと云う。明治維新のとき秋葉神社を上地へ合祀し、取り払いとなりしが明治12年山の田組中に神社なきを遺憾に思い有志の者共御嶽神社等を祀った。・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字瀬戸1599番地10 |
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中津川市支部 2223 |
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諏訪神社
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平清盛と源義朝とが戦った「平治の乱」(1159)で敗れた義朝は、わずかな共をつれて源氏の本拠である東国へ京都から吹雪の中を逃れようとした。途中、平氏のきびしい追手をさけ、美濃大垣の近くを流れる杭瀬川を船で下り、伊勢湾を横切り、尾張の国知多半島の野間に向かった。野間には同行の家臣、鎌田政家の婿にあたる・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字大久郷4179番地 |
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中津川市支部 2224 |
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秋葉神社
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寛政年間この大牧の里に災害頻発し、中でも野火の延焼により民家数軒の類焼する難を受けた。当時この土地に苗木藩主遠山美濃守に仕える服部又十郎と云う人があって里人の相次ぐ難渋を救わん事を念願し、一宇を建て火産霊神を祭り、里人と共に信仰を続けた。その後年を経て、明治の御代に至り鈴木貞二と云う人が里人達と相計・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字大牧1531番地の5 |
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中津川市支部 2236 |
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八幡神社
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この地域は狩り宿というが、江戸期には遠山美濃守の御狩り場であった。近くには矢場もあり弓道の練習場がある。武神を祀り敬神崇祖の念が篤かった遠山氏は、この地に八幡の大神を祀らせ武道に励み、武運長久を祈った。
かなり古い石の狛犬があるが年代は不詳である。・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字狩宿4391番地 |
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中津川市支部 2231 |
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