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河合神社
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創祀未詳なれども古老の伝に曰く、当社はいと古は村中産土神と称すること久し。元は八重垣神社と称す。然る処明治五年三月旧苗木藩の令を受け神殿再び造営し、河合神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
509-7207 岐阜県恵那市笠置町河合字中切1095番地 |
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恵那市支部 1583 |
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大歳神社
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社伝によれば、奈良町時代創祀。三代実録十四、清和天皇貞観九年十月五日飛騨國(八社諸神叙位の次に)同国正六位上大歳神云々等従五位下を授く。飛州志に曰く、大歳宮は小嶋郷杉崎村に在り。由緒未だ詳らかならずと雖も此の氏子は鶴を食べずと云ふ。按ずるに祭神大和姫世記に云ふ。伊佐波登美神稲倉魂神云々總社考に曰く、・・・・・・・・・・ |
509-4215 岐阜県飛騨市古川町杉崎字大歳41番地 |
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吉城郡支部 1316 |
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伊奴知神社
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寛永十三年五月創祀。・・・・・・・・・・ |
509-1113 岐阜県加茂郡白川町三川2067番地の1 |
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加茂郡支部 512 |
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菊地神社
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勧請年月日不詳。元天満社と云ふ。里伝に加賀國菊池の地より移すと云ふ。元加納藩所轄の時菊池社と改称す。社頭に往来の松あり。今枯失す。然れども詩歌に有名なるにより、世俗往来の松と云ふ。明治四十一年十月清字東牛田の神明神社(天照皇大神)多賀神社(伊弉册命)白山神社(伊弉諾命菊理姫命)を合祀す。後醍醐天皇の・・・・・・・・・・ |
500-8346 岐阜県岐阜市清字上沼776番地 |
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岐阜市支部 993 |
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三福神社
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崇徳天皇永治元年飛騨守平時輔当区三仏寺城に在り。一日遊猟して老猿を追ひ、日枝神の霊験を感じて城下山腹に大神を勧請奉祀し、山王宮又三ノ宮と称せり。時輔より四世飛騨判官景家に至り、安徳天皇養和元年二月木曽義仲の部将手塚光盛来討し当城拒守する能はず、終に兵火の為当社も余火に罹りたるも、幸ひにご神体は事無か・・・・・・・・・・ |
506-0807 岐阜県高山市三福寺町18番地 |
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高山市支部 1700 |
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比女神社
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創祀不詳。慶安の棟札写しに再建とあれば、其れ以前の創建と見ゆ。美濃國神名帳にある正六位上市比女神は此社なり。而して明徳寺の棟札写には祭神氣長足姫命、元禄享保の棟札には速秋津姫命、爾来の棟札は金山姫命、氣長足姫命、木之花開耶姫命を合祀すとあるより、此社を以て南宮七社と唱ふと雖も、何の拠あるを知らず。里・・・・・・・・・・ |
503-2122 岐阜県不破郡垂井町表佐1379番地の1 |
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不破郡支部 2567 |
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七代天神社
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霊亀2年(716)当村の児童七人、にわかに気が狂ったようになった。里人が「どうしてそのようになったのか」と問うと、その児童が答えて「お前たちはしっかりと聞きなさい、我々は七代天神の霊である。ここで我々を尊崇したならば永く国家を守り民を安らかにしよう。このことを急ぎ皇帝に奏上して勅命をうけて神社を創立・・・・・・・・・・ |
501-4610 岐阜県郡上市大和町島字宮前3211番地 |
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郡上市支部 1510 |
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南宮神社
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創祀未詳。口碑に曰く、天正年間藤原朝臣只腰源之進なる人勧請すとなり。・・・・・・・・・・ |
509-0252 岐阜県可児市矢戸717番地 |
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可児支部 620 |
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物見神社
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当神社は神武天皇東征のみぎり賊の大将長髓彦を誅殺した武将饒速日命の第2子 宇麻志麻治命を奉斎し創立不詳なるもこの郷土の守護神として崇敬が篤い。従来旧平島村字宮裏に鎮座の処明治40年10月6日現在地に遷座し奉る。創立由縁不詳。従来大字平島字宮裏1028番鎮座の処明治四十年三月二十三日許可を受け、本神社・・・・・・・・・・ |
501-6003 岐阜県羽島郡岐南町平島4-84 |
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羽島支部 128 |
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武並神社
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武並神社は大己貴神を始め諸神を祭神として遠山景朝を配神として祀ってある。建立は岩村藩神社調に延久元年(1069)鎮座とする。鎌倉時代で父景廉を祀る岩村城内の八幡神社建立の少し後、建立と考えられる武並山の山頂に鎮座し町の西方から見守る氏神として町民の信仰をあがめ、寛永8年(1631)岩村城主松平乗寿が・・・・・・・・・・ |
509-7403 岐阜県恵那市岩村町字一色2287番地の1 |
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恵那市支部 1600 |
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