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石切神社
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伝記に曰く、当社は鏡作祖伊斯許理度賣命を本主として奉崇し、石切と号す。然れども古来より六所宮とも六社明神とも称す。当社は土岐家代々崇敬の神社にして古昔は当國土岐郡大冨村に鎮座ありしを尾張勢三国の管領土岐大膳太夫頼康当地に勧請し、文和二年城郭の東北に遷宮し鬼門除の守護神として奉崇す。然に天文十一年逆臣・・・・・・・・・・ |
500-8246 岐阜県岐阜市下川手字宮34番地 |
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岐阜市支部 961 |
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大日女神社
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創祀未詳なるも、弘治二年、安江太郎八氏当社を再建す。然るところ、当時里人未だ稀少なるが為、社堂殆ど大破に及べり。夫れより数十年を経て、天和二年に至りて熊崎與六氏再三建立の思慮を企て、同年十月五日に再建立成就すと云ふ。その工事中地中より神鏡を掘り出し之を神体として奉祀せしものと後傳す。その後安政五年八・・・・・・・・・・ |
509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見3995番地の1 |
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加茂郡支部 519 |
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牧ケ洞神社
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創祀未詳なれども、里伝に曰く、寿永年間平正盛当地に来りて一廓を構へ牛首城と云ふ。其の臣加賀國石川郡河内の人山田義兼本居の神をここに勧請せしに之に倣ひて同僚の諸氏各自本居の神を所々に奉祀したるを永享年間白山社に合祀せしと云ふ。斐太後風土記に明治六年当時牧ヶ洞には字徳野の宝田社、牛首社、宮が端社、出合社・・・・・・・・・・ |
506-0101 岐阜県高山市清見町牧ヶ洞字洞口2960番地 |
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大野支部 2120 |
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