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堂殿神社
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創祀不詳。往昔椋椅某故有りて来り、此の地を開墾し、其の祖神(神名未詳)を勧請し、崇敬あり。後終に村名を「くらはし」と唱ふるとなり。故に椋椅某より数代居住する内其の社の傍らに甚大なる寺堂の如きものを造立し、武芸を稽古す。其の後村呼びて堂殿と称す。後又丸山の頂上に城を築き、子孫之に居住す。此の時に当たり・・・・・・・・・・ |
506-1314 岐阜県高山市上宝町藏柱2785番地 |
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吉城郡支部 1282 |
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七社神社
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創立旧記伝来無之故に不詳と雖も氏子家記を見るに古来は各別社なりしに天正二甲戍年二月十五日字西ケ花諏訪明神へ字杉森八幡大明神を移し奉る其際に伊勢大神 春日 加茂 津島 稲荷 の五柱を一所に合祀し七社宮と改称せし由也 其以前八幡大神は字杉森に鎮座あり再創立は文明六甲午年二月十五日と記せり 此の八幡は古来・・・・・・・・・・ |
501-2105 岐阜県山県市高富2508番地 |
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山県市支部 1743 |
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天王山祖霊神社
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天王山祖霊社は往古大矢田神社の別当たる天王山禅定寺が明治維新に神仏分離に依り、常泉坊極楽坊の二ヶ寺が廃寺となるに及び、明治三年正月三日下賜大教宣布の詔勅により、前期二ヶ寺の檀徒は神道に改宗し、明治二十六年天王山祖霊社を創建し、産土神建速須佐男命天若彦命を主神とし、氏子崇敬者の祖先の霊を奉斎し、神式を・・・・・・・・・・ |
501-3771 岐阜県美濃市大矢田2584番地の2 |
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美濃市支部 2478 |
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船着神社
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創建年月日不詳と雖も、社頭の小字を浜子の宮と云ひ、昔鳥居の在りし所を浜見の鳥居跡と云ひ、字柳原と申す所に二つの大石あり。此の石に太古親船を繋し石なりと云ふ。従来古社にして多岐郡十大社の一十四位上内浜明神にして、又百岐年に明徳村牛頭天王領高十六石とあり。又文化二年濃陽村明細記明徳村の條に 船付明神 社・・・・・・・・・・ |
503-1252 岐阜県養老郡養老町明徳108番地 |
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養老上石津支部 3115 |
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大宮神社
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嘉暦二年室松覚算宮渡之有り。爾来破壊の度毎或いは上葺をなす事十有余回とす。元小原村産土と称し、大宮大権現と唱ふ。御維新の際大宮神社と改称し、古来村社とす。本殿縦一間四尺五寸、横一間一尺二寸。拝殿縦五間三尺横五間。境内九百七十九坪。境内神社、八幡神社(応神天皇・建葉槌神・軻遇突知神・大巳貴神・少彦名神・・・・・・・・・・ |
509-1105 岐阜県加茂郡白川町河岐1892.1893.1894番地 |
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加茂郡支部 500 |
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阿賀多神社
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延宝六年二月椿村氏子に依り本殿を建設す。天和二年三月十四日伊勢内宮を奉齋鎮せり。御迎宮者孫福久太夫、願主大澤藤重郎武藤庄重郎大澤半兵衛、江崎平右衛門奉仕せし由を傳ふ。大正四年二月二十八日椿字樽洞無格社勝手神社(愛鬘神)、無格社山神神社(大山祇神)を合併す。・・・・・・・・・・ |
501-2311 岐阜県山県市椿731番地 |
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山県市支部 1809 |
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稲荷神社
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創祀未詳なれども、天正十八年四月再興。大檀那松浦勘左衛門尉と記せり。旧来久々利七郷の内原見我田酒井三村の産土神たりし旨、享保八年、明和五年の棟札に記せり。方今は原見組のみの産土神社なり。濃州志略にも此祠を載せたり。社地境内は元禄七年久々利村山内帳に原見村稲荷杉雑木林長二町横一町と記せり。方今は境内左・・・・・・・・・・ |
509-0224 岐阜県可児市久々利640番地 |
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可児支部 608 |
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津島神社
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名簿記載なし。所在不明。何れかの神社に合祀済みか。・・・・・・・・・・ |
503-0102 岐阜県大垣市墨俣町墨俣本町無番地 |
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安八郡支部 3270 |
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須賀神社
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
500-8362 岐阜県岐阜市西荘2171番地の2 |
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岐阜市支部 999 |
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津島神社
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詳細
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創祀未詳なり。里伝に曰く、上代当地方開闢に当たり、地主神を奉斎したるものにして、牛頭天王と称し、神威顕然たる神社なり。慶長年間及び安永八年八月再営の棟札存す。・・・・・・・・・・ |
506-2104 岐阜県高山市丹生川町大沼字渚271番地 |
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大野支部 2135 |
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