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八幡神社
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詳細
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| 天和二年七月二十九日創建。元禄十一年九月六日再造営す。此の時隣接舟見村も亦此の神社を崇敬し、二ヶ村氏神となす。・・・・・・・・・・ |
| 503-1265 岐阜県養老郡養老町若宮17番地 |
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養老上石津支部 3130 |

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八幡神社
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詳細
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| 当社は延応年中源家の落人宇佐八幡神社の御分霊を奉持して当村に来り一祠を創建す。後村内崇敬の氏神となったと云ふ。境内に大山咋命を祀りて山神神社として居る。昔当邑の樵夫の守護神として祭った神である。大正九年頃造営の神殿、幣殿、拝殿、鳥居、燈籠等善美を尽くしている。・・・・・・・・・・ |
| 503-1635 岐阜県大垣市上石津町時山167番地の1 |
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養老上石津支部 3255 |

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八幡神社
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| 元亀二年十一月創祀。戦国時代織田信長公は余暇に清洲より二、三人の鷹匠を伴ひ鷹狩の為に屡々当地に出道した。この頃狐穴村に道家祖看と称する地方の豪族ありて微行せん信長と頗る懇親の交わりを結び、同邸に度々宿泊するを楽しみとせり。其の来泊中織田信長公に対し畏くも正親天皇より密勅を奉じて勤王家侍従立ち入り宗継・・・・・・・・・・ |
| 501-6232 岐阜県羽島市竹鼻町狐穴1316番地 |
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羽島支部 231 |

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八幡神社
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| 創祀不詳。従来より無格社。享和三年御領内明細記鷲ノ巣村の條に左の記録あり。 八幡宮 社二尺五寸、二尺五寸 境内御除地。 棟札天明六年正月奉拝殿造営。寛政九年十一月奉葺替御社と記しあり。・・・・・・・・・・ |
| 503-1261 岐阜県養老郡養老町鷲巣792番地 |
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養老上石津支部 3120 |

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広田神社
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| 寛文十一年九月創祀古老の口碑に字参宮沢に小社寛文十一年九月洪水の節、山崩流失。字前山三川中に止まるを奉勧請。明治六年再興す。・・・・・・・・・・ |
| 509-7202 岐阜県恵那市東野字前山2175番地の2 |
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恵那市支部 1570 |

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八幡神社
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| 延長八年創祀。当村始め皇大神宮小泉御厨となり。次いで武家時代に入りて小泉庄と称し、歓喜光院御領となりて、朝恩を蒙る。やがて花頂院御門跡領となり、康正三年中興願主仙孝御門跡御代官○泉寄進にて八月二十二日造営成る。次で慶長十二年十一月七日幕府木曽代官当郷領主山村甚兵衛良勝寄進再興するところ、歴世公家武門・・・・・・・・・・ |
| 505-0115 岐阜県可児郡御嵩町井尻240番地の1 |
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可児支部 549 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-1502 岐阜県本巣市根尾黒津238番地の1 |
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本巣郡支部 2850 |

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八幡神社
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詳細
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| 当社は寛文五年五月里人安田孫三郎伊勢神宮に至り御師某の斡旋に依り八幡大神を勧請し、安田弥兵衛所有地壱反二畝余を寄付して社地とし、創建す。弥三郎は安田浄通といふ人の孫にて同弥五右衛門の子同通意の従弟なり。その後境内猶狭隘なるに依り同金十郎高淵村川口太郎兵衛の両人各社地を寄付せりとぞ。斯くの如く由緒ある・・・・・・・・・・ |
| 503-1382 岐阜県養老郡養老町船附字宮辺653番地 |
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養老上石津支部 3204 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0405 岐阜県本巣市石原字堂前177番地 |
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本巣郡支部 2739 |

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住吉神社
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| 創立縁由不詳。境内二百八十五坪。志津記天明五年三月晦日佐藤光敬記に「濃州多藝郡志津郷は何れの代何れの人の開闢と云事を知らず。街談巷語人傳て記せず。昔時天皇此地に行幸の時、皇后御産有りて皇子降誕まします。依って産湯を奉る。則ち産池是なり。十二相権現は十二人の?なり。今十二鼎の釜を以て御湯を献じて祭る。・・・・・・・・・・ |
| 503-0403 岐阜県海津市南濃町志津1731番地の1 |
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海津市支部 652 |

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