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日吉神社
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詳細
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本社は近江国比叡坂本鎮座の日吉大社の御分神である。建久元年(1190)源頼朝右近衛大将となり京都青蓮院三世慈円に青蓮院領として美濃国小島庄を寄進された。その由緒により庄園鎮護の為「日吉山王社」をこの地に勧請祭祀された。今より約八百年前の創建である。御祭神は大山咋神をお祀りしている。・・・・・・・・・・ |
501-0634 岐阜県揖斐郡揖斐川町上野857番地 |
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揖斐郡支部 2991 |

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七社神社
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詳細
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創立年不詳。往古村民七軒たりし時各氏神にして社頭七宇に祀りし処大暴風雨にて社殿悉く倒潰し、依って之を一社に合祀す。古老の口伝。且つ合祀の歳は永禄五年の棟札に見えたり。・・・・・・・・・・ |
501-1535 岐阜県本巣市根尾大井715番地 |
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本巣郡支部 2886 |

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日吉神社
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詳細
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創建年紀不詳。古来村社として崇敬す。維新に付旧大垣藩の節官吏派出神實検査の上取り除きその後古来管理人本村五島庄兵ェ直径四寸余りの圓鏡寄付せり。明治四年十月十日元大垣縣社祠宮掌右圓鏡を以て永世鎮護の神實に勧請殿内に納む。・・・・・・・・・・ |
503-0971 岐阜県大垣市南一色町字池ノ川221番地 |
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大垣市支部 2050 |

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日吉神社
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詳細
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永仁元年三月比叡山麓に鎮まります山王権現日吉神社の御分霊を勧請し此山に祀り、山王権現日吉神社と称へ奉りしが、その後略して日吉社又は山王社と称へ来りしが、明治年代に至り、長谷神社と改めしが、適当ならざるを以て昭和二十二年六月三十日日吉神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
501-3805 岐阜県関市本郷町60番地 |
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関市支部 880 |

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天神神社
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創立年月日不詳なれども伝説に古昔氏神として熊野神社同境内に神明神社を祀れり 桓武天皇延暦二十二年八月十三日伝教大師同郡横藏寺を建立し 本尊薬師如来を自刻して納め上足の弟子を住職たらしむ 其際此所彼所に坊を建立せり 利生院は其いにして現今の善長寺是なり 此時代に日吉神社同境内に神明神社を祀れり 其後・・・・・・・・・・ |
501-1312 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲大洞805番地 |
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揖斐郡支部 3029 |

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松尾神社
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詳細
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当社は創建詳ならざるも、村人の口碑に依れば、保元の頃領主伊自良治郎左衛門、大山咋神及清水八幡宮を勧請して之を祭鎮すと云ふ古社なり。境内本殿より約三十間東南方に古式形古墳あり。里の傳へに伊自牟良君を葬りし古墳と傳へ今以て氏子等は郷土開拓の祖神として崇敬する処たり。明治初年頃より非常に大廃しゐるを恐み心・・・・・・・・・・ |
501-2132 岐阜県山県市掛887番地の3 |
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山県市支部 1775 |

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日吉神社
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詳細
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天正六年七月創祀。古文書棟札は往年大洪水の為流失し、現存せず。旧信州義村家系譜反旧記録に依れば、元応二年正二位青松播磨少弼國長播磨國沖に居住す。同年正月十五日後醍醐天皇に随従し、家名を赤松と改め武門となる。國長の嫡子赤松二郎判官則村は後醍醐天皇に仕ふ。然るに御若宮護良親王に従隋し沙門となり、比叡山に・・・・・・・・・・ |
501-0523 岐阜県揖斐郡大野町下方字上地1060番地 |
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揖斐郡支部 2909 |

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日枝神社
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詳細
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山王権現と称す。御維新の際日枝神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
501-0111 岐阜県岐阜市鏡島字長瀬1341番地の5 |
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岐阜市支部 1050 |

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日吉神社
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詳細
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創祀未詳。享保十四年九月本村再建。鈴木三右ェ門重正、矢嶋辯ェ門並びに氏子中と記せし棟札あり。濃州志略に山王祠と載せたる祠なり。此の社内に古き獅子頭あり。里伝に云ふ。往古は当村並びに隣村大森と一列になり久々利村村社浅間神社例祭の日、獅子頭を振り立て浅間神社へ登山せし処、本村、大森村争論の事件出来、両村・・・・・・・・・・ |
509-0222 岐阜県可児市羽崎字中洞754番地の1 |
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可児支部 599 |

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日吉神社
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詳細
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当日吉神社は岐阜県土岐郡瑞浪土岐町大字寺河戸字森本77o番地の1に鎮座。祭神は大山咋神(亦の御名山未之大主神)と申し上げ、大年神の御子素盞鳴尊の御孫に坐す大神は山林、河川、田畑、造酒等農産事業に功績多く、生民安息の道に広大なる御神徳を垂れさせ給ふ御神なり。慶長二年十一月(後陽成天皇御宇)寺河戸(旧称・・・・・・・・・・ |
509-6128 岐阜県瑞浪市宮前町1丁目45番地 |
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瑞浪市支部 1858 |

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