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白山神社
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創祀未詳。当社は元、大字神野字西谷口に鎮座せしが、山上険阻、参拝に不便なるを以て現在の地に移転し、社殿の設備を完全にし、且移転先境内神社有なるを以て之を善境内地の官有地と交換をなさんことを出願し、昭和三年十一月三十日移転を完了。・・・・・・・・・・ |
501-3203 岐阜県関市神野1417番地の1.1445番地の1.1429番地の3 |
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関市支部 852 |
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八幡神社
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元和六年創建。大ヶ洞里民今井次良左ェ門忠親の勧請する所なり。同氏は木曽義仲の臣今井兼平長子対馬守貞信の末孫なり。木曽家滅亡の後に貞信宮田村に来住し十代信家三木右京進に仕ふ。天正中十八代信孟に至り、三木家没落して民間に下る。依って竹ノ上に移住し、相続て二十三代忠親に至る。乃ち祖先兼平貞信の守神と崇むる・・・・・・・・・・ |
509-2519 岐阜県下呂市萩原町奥田洞86番地 |
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益田支部 322 |
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若宮八幡神社
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創建年月不詳なるも当村内字外林と中所に鎮座なりしが、社殿失せり只古木の社跡の礎のみ存在せしが、文久二年二月当村農松井徳右ェ門同與九郎等始め村民崇敬して社宇を再興す。・・・・・・・・・・ |
501-4610 岐阜県郡上市大和町島字外林6990番地 |
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郡上市支部 1509 |
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若宮八幡神社
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徳川幕府初期時代今須村字大河内奥宮谷口付近に部落を有する頃之が建立にかかり其の後灰原十郎兵衛なる武人の崇敬するところとなる。今尚同人の馬駈場と称する跡あり。其の後漸時時代の変遷により該大河内奥の部落は他へ転住してより既に百幾十年を経過せりと然れども該神社崇敬者そして氏子は存続し、年々祭事を営みつつあ・・・・・・・・・・ |
503-1543 岐阜県不破郡関ケ原町今須3682番地 |
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不破郡支部 2525 |
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若宮八幡神社
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諏訪大明神縁起絵詞によると第72代白河天皇の頃、奥羽の安倍貞任、宗任の反乱を平定し上洛の途にあった源義家、新羅三郎義光、諏訪神社神主大祝為仲が、この地へ至ったとき為仲と義光の家来が博打がもとで争いが起こり死傷者を出した。為仲はその責を負って自刃した。若宮の古墳はこれらの人々を葬ったものとされている。・・・・・・・・・・ |
501-0425 岐阜県本巣郡北方町加茂字若宮188番地 |
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本巣郡支部 2771 |
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若宮八幡神社
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創祀不詳。大正十四年十月二日岐阜市彦坂字杉洞無格社八幡神社及び春日神社を合祀せり。・・・・・・・・・・ |
501-1105 岐阜県岐阜市彦坂中屋敷84番地 |
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岐阜市支部 1060 |
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中切神社
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当神社は里伝に、仁徳天皇の御代、両面宿儺征討の時にあたり、飛騨國造某が当地に先帝と今上帝の尊例祭日四月三日奉祀して国家の静謐を祈りし時に祠堂を創立して若宮八幡宮と称せり。年代未詳、天正の初め三木氏及び、寛永の末金森家にて社殿の造営あり。古来当区の産土神にて、明治四年九月村社に列す。明治四十二年三月村・・・・・・・・・・ |
506-0043 岐阜県高山市中切町1466番地 |
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高山市支部 1689 |
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若宮神社
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501-3111 岐阜県岐阜市芥見大退1丁目280・281番地 |
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岐阜市支部 1158 |
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若宮八幡神社
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往古当集落は同村内宮?怩ゥら移住したから宮代と云ふ。賜八幡宮奉転座也と。・・・・・・・・・・ |
504-0012 岐阜県各務原市蘇原宮代町1丁目84番地 |
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各務原市支部 756 |
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若宮八幡神社
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
503-0027 岐阜県大垣市笠縫町竹越557番地 |
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大垣市支部 1955 |
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