
|
阿多由太神社
|
詳細
|
創祀未詳なれども、関野貞博士鑑定書に阿多由太神社本殿三間社流造規模小にして構造簡なるも、斗拱手犹大瓶束等皆雄建の風を湛ふ。その様式より考ふれば南朝の頃に造営せられしものなるべし。神像十数体作者不詳なるも藤原時代初期約一千年前の作か。随神二基平安末期の作以上鑑定。例祭日九月二十四日。・・・・・・・・・・ |
509-4113 岐阜県高山市国府町木曾垣内1023番地 |
 |
|
吉城郡支部 1296 |

|
神明神社
|
詳細
|
創祀未詳。由緒記載なし。例祭日九月十二日・・・・・・・・・・ |
509-3301 岐阜県高山市朝日町青屋字日焼1352番地 |
 |
|
大野支部 2183 |

|
剱緒神社
|
詳細
|
創祀未詳なれども、式外十社の一、三代実録清和天皇貞観十七年十二月五日授飛騨國正六位上剱緒神従五位下同録陽成天皇元慶元年閏二月二十六日授飛騨國正六位上剱緒神従五位下、同録光孝天皇元慶八年四月二十七日飛騨國従五位下剱緒神従五位上(元慶元年の紛れを正して之に順ずれば同八年の度は正五位下に昇り給へるなり。)・・・・・・・・・・ |
509-4117 岐阜県高山市国府町三川1838番地 |
 |
|
吉城郡支部 1301 |

|
神明神社
|
詳細
|
創立年代不詳。当社は村上神社の境外社十七社の内の一社で、明治46年6月國の進めにより、村上神社に合併せしも、戸田采女正による、元禄除地帳四畝歩村抱神明宮地とありこの頃、一重ヶ根集落に伊勢講九組あり交代で各一組が伊勢神宮に代参し、集落全戸のお札大麻を受けて帰るその日、村人皆村境迄神楽、鉦打ち(鶏芸打岐・・・・・・・・・・ |
506-1432 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷一重ケ根字中垣内687番地 |
 |
|
吉城郡支部 3364 |

|
一本杉白山神社
|
詳細
|
創祀未詳なれども、社頭に一株の老杉あり(此の樹身に文治建久の頃の古鏃射込てありき)加越の白山を西に望みて其の直前に立てり。往昔此の杉に注連縄を繞らせ樹下に社堂を建て、申殿と称して里人常に参拝せり。天正の末領主金森侯土地を寄付社殿を再興し北条氏の族大乗院江馬養慶を社守とし、年々祭費用四石を寄進す。(江・・・・・・・・・・ |
506-0012 岐阜県高山市八軒町3丁目9番地 |
 |
|
高山市支部 1679 |

|
陣屋稲荷神社
|
詳細
|
慶長年間金森国司侯、宮川の西に下屋敷及び蔵屋敷を構へ(今の陣屋跡)邸内特に蓄穀倉の鎮護として当神社を奉祀され、元禄五年以後当国は幕府直轄となり、此の地に代官所(陣屋)を置き、当神社も以来其の所管に移り、宝暦四年十月時の代官柴村盛喬更に稲荷分霊を合請し、安永三年二月郡内大泉正統社殿を再建す。代々陣内鎮・・・・・・・・・・ |
506-0012 岐阜県高山市八軒町3丁目4番地 |
 |
|
高山市支部 1680 |

|
黄金神社
|
詳細
|
慶長年間の創祀。当神社は飛騨國内鉱業開発祈念のため金山毘古神金山毘賣神を奉斎して慶長年間高山城内に祭祀し、寛永十八年飛騨國鉱業開発に功績顕著なる金森藩の功臣宮嶋平左ェ門主を同二十三年保住宗貞主を相殿に合祀す。文政年間当地馬場町に金銀吹分所を設置し、此の鎮守神として此処に遷座あり。明治十二年村社に列す・・・・・・・・・・ |
506-0837 岐阜県高山市堀端町108番地 |
 |
|
高山市支部 1726 |

|
桂本神社
|
詳細
|
創立年代は不詳。里伝に湯津香木(桂木)を神籬として、火遠理大神、豊玉姫大神を奉斎して香木の本みに鎮座し、「高田神社」と称したと云
う。昔は高田神社と言い、祭神火遠理命、豊玉姫命を奉斎した。承久3年江馬小四郎輝経が高原郷を領し領主となり、本社を崇敬し 過信河上次郎太夫を神官に任じ、貞応年間、一族の繁・・・・・・・・・・ |
506-1313 岐阜県高山市上宝町在家736番地 |
 |
|
吉城郡支部 1279 |

|
三福神社
|
詳細
|
崇徳天皇永治元年飛騨守平時輔当区三仏寺城に在り。一日遊猟して老猿を追ひ、日枝神の霊験を感じて城下山腹に大神を勧請奉祀し、山王宮又三ノ宮と称せり。時輔より四世飛騨判官景家に至り、安徳天皇養和元年二月木曽義仲の部将手塚光盛来討し当城拒守する能はず、終に兵火の為当社も余火に罹りたるも、幸ひにご神体は事無か・・・・・・・・・・ |
506-0807 岐阜県高山市三福寺町18番地 |
 |
|
高山市支部 1700 |

|
朝日白山神社
|
詳細
|
創祀未詳なれども、永正三年創祀か。元八幡神社。明治四十四年九月四日合祀。例祭日九月四日。・・・・・・・・・・ |
509-3326 岐阜県高山市朝日町甲字東前平1781番地 |
 |
|
大野支部 2197 |

|