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八幡神社
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詳細
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| 往古は千代河戸西北約五十間。今宮跡田と称する字千代河戸1324番地付近に鎮座。応永年間字中屋敷1424番古宮跡と称する処に移徒慶長初年現地に再び移徒。慶長初年西尾豊後守光教当城主となるや、当庄の惣社たる揖斐城鎮護神の荒廃せしを嘆き往古の大社を追懐し、新地を相し境内及神殿を寄せ、境内に七宅を建て社家花・・・・・・・・・・ |
| 501-0603 岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方1399番地 |
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揖斐郡支部 2951 |

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神明神社
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詳細
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| 元和二年九月創祀。享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の為東に移り元和年間開拓の鎮守として天照大御神を奉齋すと傳へ里人五穀豊穣を祈願するを例とす。往古は神楽煙火等ありて盛大を極む。・・・・・・・・・・ |
| 501-0535 岐阜県揖斐郡大野町加納1105番地 |
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揖斐郡支部 2919 |

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天王神社
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詳細
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| 天正十四年三月創祀。天正十四年の創建とあり。加納氏一族の守護神として祭祀し、訴訟の際は里人祈願するを例とす。明治十一年衣裴井水につき紛擾起こるや遂に訴訟沙汰となり、関係者一同其の勝訴を祈願せしに遂に大審院の判決に依り勝訴を得たり。依って神霊の顕著なるに畏服して崇敬の念を増大す。宝暦二年及び安政三年社・・・・・・・・・・ |
| 501-0554 岐阜県揖斐郡大野町五之里800番地の1の1 |
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揖斐郡支部 2926 |

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八幡神社
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詳細
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| 当社は元大字西横山字宮下に鎮座せしが、境内狭隘参拝上不便なるため、現在の地に移転し、且つ境内地たる神社有地と元境内地とを交換せんことを出願し、昭和三年二月七日岐阜県の許可を得てしょうわ三年四月二十五日移転を了す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0805 岐阜県揖斐郡揖斐川町西横山397番地の4 |
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揖斐郡支部 3011 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古当村を泉江荘と称し延久四年九月五日太政官牒に依り石清水八幡の荘園となるや荘内に其御分霊を祀れるものにして七堂伽藍ありしを信長放火し終に焼失す 故に其跡に灰塚あり経二間高三尺ありて全鋲古瓦の残片を発掘せしことあり 或いは本社より一町東に西宮神ありしよし現今爰を字西宮神と云ふ 又大川先に古池あり昔よ・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字中道1747番地 |
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揖斐郡支部 3072 |

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山神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2502 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合字付西105番地 |
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揖斐郡支部 3094 |

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神明神社
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詳細
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| 当社は國帳内見在大野郡従五位下工所大明神に座す御事は明なり。大神の鎮り座すところの字を大工屋と称す。境内往古は樹木一枝を採れば小判三両に祟ると云ふ。鎌鋸を禁ずること幾百年境内二町五反有余歩の中大樹古木一丈八九尺に至るもの無数ありたり。然るに今を去る八十年前則二百二十日に当たる大暴風にて大木悉く吹倒し・・・・・・・・・・ |
| 503-2414 岐阜県揖斐郡池田町下東野21番地 |
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揖斐郡支部 3057 |

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天神神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。慶長元年再建と之有り。慶応元年元大野郡野村藩主知事戸田淡路守氏良崇敬の神社にて、年々祭礼には野村藩より知事代理として社寺課長大属今泉清随員兵卒を引連れ参拝あらせられけり。・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷3005番地の1 |
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揖斐郡支部 2930 |

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神明神社
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詳細
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| 創建年月不詳。古来よりの里伝も之無し。永に村社とす。・・・・・・・・・・ |
| 503-2402 岐阜県揖斐郡池田町粕ケ原1524番地 |
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揖斐郡支部 3042 |

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八幡神社
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詳細
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| 貞治応永以前より社木又は霊石を以て御神体とし、貞治応永の頃社殿を営みしか。蔵王権現の神宮寺たりし吉野蔵王院安楽寺の天台宗より浄土に転派の頃此の八幡社は大社たりしは、尾張國甚目寺鐘銘に依り窺ふを得る。銘に「濃州大野郡揖斐庄南方保今坂之御社御宝所鐘天下泰平故也 文明三年辛卯閏八月日願主善通 徳宝 御代官・・・・・・・・・・ |
| 501-0602 岐阜県揖斐郡揖斐川町若松235番地 |
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揖斐郡支部 2948 |

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