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山神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2501 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束3088番地 |
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揖斐郡支部 3081 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建年月及縁由未詳・・・・・・・・・・ |
| 501-1313 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂2562番地 |
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揖斐郡支部 3034 |

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八幡神社
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詳細
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| 天正十七年御検地以前、両郷(衣斐村を言ふ。衣斐村は今島村大字大衣斐、小衣斐、領家、大野町相羽、麻生川合南方五の里の地域なり。)三分領大方あり睦霊場大隆寺(昔島村小衣斐にあり。天文十五年焼失)薬師島村領家にあり。建武三年創建等其の外諸神社焚天主(今川合村五之里の神社天神。小衣斐天満神社)須和南方諏訪神・・・・・・・・・・ |
| 501-0552 岐阜県揖斐郡大野町大衣斐96番地 |
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揖斐郡支部 2923 |

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神明神社
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詳細
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| 創立は寛和年間とも云ひ伝へ、宏壮なる社殿神庫神楽殿等ありて、其の構造美観を呈し樹木鬱蒼たる近郷に名高き神社なりしが、仲恭天皇の御代承久の騒乱に逢ひ、境内の荒涼甚だしく工作物殆ど散逸せり。享禄三年六月社殿の裏山崩壊して砂礫押し流し、為に本殿は云うまでもなく、御神霊まで埋没せしを以て里人畏憂一方ならず。・・・・・・・・・・ |
| 501-0502 岐阜県揖斐郡大野町古川字中平795番地 |
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揖斐郡支部 2894 |

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八幡神社
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詳細
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| 古老傳曰く、往古本村は関東への道路にして、応徳二年源義家奥州征伐の時、本村の森に憩ふ時に一老媼あり。団子を献ず。義家之を喫し畢て佩くところの守りの神像を解き与ふ。彼老媼後義家の憩ひし森に彼の神像を奉祀す。此の森をすずの森と称ふ。即ち涼みの森の略称なり。今尚祭礼に村内団子を以て賓客に供するを主とす。俗・・・・・・・・・・ |
| 501-0532 岐阜県揖斐郡大野町下磯745番地 |
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揖斐郡支部 2914 |

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神明神社
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詳細
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| 足利氏以前は詳かでないが、織田信長の横倉寺の僧徒と戦いたる時兵火に見舞われ(其の当時の住所地同区字古屋敷)現在の場所に転住するとともに鎮守の神として神明神社を祀り爾来氏子の尊崇する処となれり。大正五年二月十二日本縣許可により字村西1492番地に鎮座の無格社山神神社を合祀する。寛永○(寛永に戊子年無し・・・・・・・・・・ |
| 501-0633 岐阜県揖斐郡揖斐川町小島字屋敷1462番地 |
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揖斐郡支部 2987 |

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諏訪神社
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詳細
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| 正安三年七月二十六日創祀。本社は正安三年七月二十六日河村宗内藤原秀治小法師信州諏訪明神の御分霊を勧請せし旨吉田御殿神社帳に見ゆ爾後御造営をなし武神の神として崇敬厚く安政二年社殿再建には十六両三分を要し遷宮祭には大いに殷賑を極む。幕末時代には領主青木公親しく参拝せられ幣帛を奉献せられ武運を祈願せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-0553 岐阜県揖斐郡大野町南方76番地 |
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揖斐郡支部 2925 |

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春日神社
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詳細
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| 大正十二年十月二十六日許可、字下諸家1064番地の1八幡神社を合併。同十三年十月二日合祀す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0903 岐阜県揖斐郡揖斐川町坂内坂本1475番地の1 |
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揖斐郡支部 3016 |

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天神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2506 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日香六395番地 |
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揖斐郡支部 3105 |

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八幡神社
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詳細
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| 文禄元年三月四日豊臣秀吉朝鮮征伐の際武運長久国家安泰戦捷祈願したりと口碑に伝はる。氏子の崇敬厚かりしが、同年五月朝鮮京城陥落の際は盛大なる祭典を挙行せりと云ふ。後延宝二年元池田郡上田村海雲山慈眼寺と唱ふる臨済宗の寺院ありして大垣藩第三代の領主たりし戸田氏西公の世に至り同族の所々に転封せられ戸田家の初・・・・・・・・・・ |
| 503-2415 岐阜県揖斐郡池田町上田686番地 |
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揖斐郡支部 3058 |

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