|
新羅神社
|
詳細
|
当社の由緒は、最初奈良時代前期より鎮座し、平安時代前期頃より田只味(多治見)郷の産土神として田只味明神(八王子神)を祀る。次に鎌倉時代八幡大神を合祠し土地の豪族多治見氏を始め多くの崇敬を集めて社殿も改まり、神威も加わりしが正中年間、後醍醐天皇の御代天皇側に付きし多治見国長公の挙兵失敗に伴い次第に衰微・・・・・・・・・・ |
507-0834 岐阜県多治見市御幸町2丁目99番地 |
|
|
多治見支部 1928 |
|
本土神社
|
詳細
|
天つ神の本源は天照大神をお祀りする伊勢の皇大神宮でありこれに対し奉り地祇の本源は猿田彦大神を神代ながら祀い奉る総本宮伊勢の国一宮椿大神社猿田彦大神を本土神社にご分霊として奉斎されています。その創建年月日は詳かではありませんが、元徳2年、今から約七百年前に奉修覆御殿一守と云う棟札が現存しているところよ・・・・・・・・・・ |
507-0023 岐阜県多治見市小田町1丁目20番地 |
|
|
多治見支部 1907 |
|
白山神社
|
詳細
|
創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
507-0038 岐阜県多治見市白山町3丁目78番地 |
|
|
多治見支部 1910 |
|
池原神社
|
詳細
|
創立年暦不詳。享徳四年二月造営永正○年十一月造営とあり。姓氏目録に崇神天皇の皇子豊城入彦命の五世の孫多波世君の後池原朝臣ありて、此の豊城入彦命を主神として此の神社を創立せりと云ふ。明治六年一月村社に列す。・・・・・・・・・・ |
507-0074 岐阜県多治見市大原町4丁目82番地の1 |
|
|
多治見支部 1921 |
|
八幡神社
|
詳細
|
創立年月由緒不詳なれども記録の示す処に依ると寛文元年と認められる。寛文元年三月二十八日社殿改築。元禄元年、正徳元年六月二十五日、享保十九年十二月二十八日明治二十五年十月二十日、昭和十二年十月十五日二ヶ年継続事業の本殿以下主要建物の改築、境域拡張整備工事完了。昭和二十七年○月○日秋葉神社、津島神社を合・・・・・・・・・・ |
507-0814 岐阜県多治見市市之倉町11丁目59番地 |
|
|
多治見支部 1924 |
|
多度神社
|
詳細
|
当社は天正元年九月二十九日伊勢國桑名郡多度村に鎮座の多度神社を勧請し、脇之島郷、下ノ洞郷の産土神として奉祀せりと傳へらる。
特殊神事…御神迎え祭・・・・・・・・・・ |
507-0827 岐阜県多治見市平和町1丁目123番地 |
|
|
多治見支部 1927 |
|
神明神社
|
詳細
|
創祀未詳。文明18年以前の古社なり 里伝云古へ梶原市造と云者ありて、尾張国丹羽郡羽黒村より当地に移り住み時に伊勢神宮へ参詣し、内宮の広場に於いて小さな小石を一箇を拝受賜り神霊と仰ぎまつり、帰村してこの小石こそ神の鎮め物として創建し其の神霊を奉祭し、建久の頃梶原景時尾張国丹羽郡入鹿村及び羽黒村の辺を領・・・・・・・・・・ |
507-0088 岐阜県多治見市大藪町山下1386番地の1 |
|
|
可児支部 572 |
|
金刀比羅神社
|
詳細
|
明治二年濃州土岐郡多治見村神社書上帳によれば、金刀比羅宮壱社と見えたり。明治以前に讃岐國琴平鎮座の大神を勧請せりと傳へらる。・・・・・・・・・・ |
507-0823 岐阜県多治見市平野町2丁目82番地 |
|
|
多治見支部 1926 |
|
県神社
|
詳細
|
創立年暦不詳。延宝四年十二月十六日再建とあり。明治六年一月村社に列す。・・・・・・・・・・ |
507-0057 岐阜県多治見市赤坂町1丁目57番地 |
|
|
多治見支部 1918 |
|
若一王子神社
|
詳細
|
当社は寛永十九年八月山城國東山黒谷鎮座の神を勧請し小社を建て祭祀すと傳へらる。・・・・・・・・・・ |
507-0801 岐阜県多治見市東町3丁目15番地 |
|
|
多治見支部 1922 |
|