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神明神社
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詳細
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慶安三年二月吉日尾張國津島住人大橋太郎右衛門当村開発移住し、その節伊勢神宮より勧請す。爾来村社と称す。・・・・・・・・・・ |
501-6323 岐阜県羽島市桑原町午南984番地 |
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羽島支部 282 |

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神明神社
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詳細
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元禄十年八月創祀。由緒詳述なし。・・・・・・・・・・ |
501-2808 岐阜県関市洞戸高見字田中森1852番地 |
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武儀支部 2608 |

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神明神社
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詳細
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本社創立年月日不詳、明治5年3月23日御神鏡京師より奉迎、坂下神社に合祀したるも、明治32年3月氏子総代森兼市、古井伊三郎、林新吉等相計り、其の筋の許可を得てこの地に復座奉斎す。境内地反別4反2畝19歩は合祀後一時楯銀十郎名義なりしを昭和8年4月15日変更の登記を完了し、境外地握稲熊用水共有地1反1・・・・・・・・・・ |
509-9232 岐阜県中津川市坂下字永坂2667番地の1 |
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中津川市支部 2298 |

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神明神社
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当社は美濃神名帳内に従五位上八幡若御子明神とありて創建甚古く天平勝寶弐年と伝へ徃古字誉田と云ふ処にありしを中世若御屋(若宮)に移し宇多天皇御譲位後当國に御巡遊あらせらQれ隣村片山に御駐輦の際従五位上の御宣下あり奉幣し給へり 延宝年間の検地の節現今の地に移し神明神社に合祀し里人遂に神明神社と単称するに・・・・・・・・・・ |
503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字市ノ坪101番地 |
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揖斐郡支部 3073 |

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神明神社
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第十二代景行天皇の御代舂米宿弥氏美濃国当地に在り。荒地を開墾し田畑を造り米作りをしたのが当本郷の始まりという。その后仁和4年(888)夏、当地方旱天続き、池田山の谷川総て水枯れ、農作物も枯死寸前に至り飲料水も事欠き村人難渋のとき樋口金吾祐寛等山中に入り谷奥に水源を求め樋を埋め池を堀り導水したので漸く・・・・・・・・・・ |
503-2417 岐阜県揖斐郡池田町本郷547番地 |
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揖斐郡支部 3062 |

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神明神社
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創立年月不詳。古来源義朝当村経過の時本社に祈誓したることありと後源家より尾州中島郡で若干の社領を寄付せられたと云ふ。其の時の社司児玉氏であった。後天正の頃兵火に罹り社殿灰燼となる。徳川幕府の世に及び・・・・・・・・・・ |
503-0205 岐阜県安八郡輪之内町下大榑字井堰13036番地 |
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安八郡支部 65 |

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神明神社
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3383千疋神社に合祀。・・・・・・・・・・ |
501-3924 岐阜県関市迫間489番地 |
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関市支部 894 |

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神明神社
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創祀未詳。里説に云ふ。中古領主江馬家二代高原太郎朝方殿の代に領内村々耕地開墾道路修繕の役として、本城より地の方北越境界守衛の為横山清太夫重政此の地に旅館を建て、引き移り耕地を開墾し道路を開き民家増益して、一村を開く。奮名荒田を改めて横山村と通称す。村地の頭に皇大神宮の御分霊を勧請奉りて一村の産土神と・・・・・・・・・・ |
506-1203 岐阜県飛騨市神岡町横山494番地 |
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吉城郡支部 1256 |

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神明神社
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詳細
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往古年紀不詳木曽切れの際に社殿流れ来り町屋の里に着きたるものにして、爾来齋き祭り今日に至りたるものなり。口伝に坪内の守中川藩の家臣荒川氏此の神社の鍵を預かりし由聞き傳へしものなり。・・・・・・・・・・ |
501-6065 岐阜県羽島郡笠松町門間1882番地の1 |
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羽島支部 181 |

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神明神社
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詳細
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創祀不詳、縁起不明。古来より須後区の崇敬社として奉齋せり。・・・・・・・・・・ |
509-5301 岐阜県土岐市妻木町字須後2344番地の1 |
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土岐支部 2328 |

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