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大日女神社
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創祀未詳なるも、弘治二年、安江太郎八氏当社を再建す。然るところ、当時里人未だ稀少なるが為、社堂殆ど大破に及べり。夫れより数十年を経て、天和二年に至りて熊崎與六氏再三建立の思慮を企て、同年十月五日に再建立成就すと云ふ。その工事中地中より神鏡を掘り出し之を神体として奉祀せしものと後傳す。その後安政五年八・・・・・・・・・・ |
509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見3995番地の1 |
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加茂郡支部 519 |

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諏訪神社
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詳細
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創立年代は不祥。古伝によると、戦国時代の永正年間桜洞城主三木直頼の家臣荒井四郎右衛門が、信州の諏訪大神を勧請し、大島村郷石原に祠を建て、守護神としたのが創始である。戸田采女正による元禄検地の際、境内除地3反3畝10歩を付せられた。その後荒井家は衰亡し、正徳元年蔵田五右衛門が、現在地に移し祀ったと伝え・・・・・・・・・・ |
509-3106 岐阜県下呂市小坂町大島2116番地 |
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益田支部 339 |

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三枝神社
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詳細
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創建年代不詳と雖も、日本紀、飛騨國沿革、行心塚、里説等に依れば、持統天皇朱鳥元年十月新羅沙門行心の奉斎せしものならん。里説に云ふ。がらんげ俗称(伽藍跡元禄水帳に除け地あり)の行心坊(被合併社)神明宮内宮と(改称前合併社)稲荷宮外宮とを伊勢両宮として奉斎せしものなりと(天保十三年八月宮野に於いて両宮祭・・・・・・・・・・ |
506-0041 岐阜県高山市下切町2326番地 |
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高山市支部 1686 |

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住吉神社
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詳細
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創祀未詳なれども本殿棟札によれば、寛仁元年住吉大神とあり。又長保三年三月吉と刻字の狛犬一対を存す。縁起に曰く、当國高原郷殿村城主江馬輝経以来江馬家十六代の守護神にして年々賽物奉供直会等の事あり。又当國荒城郷地頭職多好方及び其息好節正治年間神楽奉納の事あり。当時使用と称する能楽面を蔵す。永禄年中江馬常・・・・・・・・・・ |
506-2103 岐阜県高山市丹生川町折敷地字宮ノ下722番地 |
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大野支部 2134 |

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牛臥神社
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詳細
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当神社由緒は詳らかではないが、古来伝承を推考せるに宇多天皇御譲位の後延喜年間美濃國に御巡幸の折、養老の滝を初め処々御覧行幸有りし時多芸郡より池田郡を御通過山縣郡を経て武儀郡大矢田村喪山へ行幸の折、本村雛倉村の山道嶮難に因りて、御車の牛自ら駐臥せり。故を以て宇多天皇を祭り、崇敬して村民氏神と拝し奉ると・・・・・・・・・・ |
501-2103 岐阜県山県市椎倉504・505合番地 |
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山県市支部 1739 |

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高天良神社
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詳細
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創立原由未詳なりと雖も、高寺権現は養老年中に泰澄大師の開基なりと伝ふ。然るに高寺権現大破に及ぶこと久しく其の節当村に物太夫と申す者村方一統と登山して、御神霊を奉拝。御堂を建立し、奥之院として奉斎したる処なりと、古文書に伝へらる。爾来累次の営繕を行ひ、明治二年九月九日「高寺」を「高天良」と改め、明治七・・・・・・・・・・ |
509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見891番地の1 |
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加茂郡支部 521 |

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半布神社
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詳細
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明治四十年十月三十日左六社合併許可。加茂郡富田村羽生内(元羽生村)鎮座村社神明神社へ元白鬚神社、元石不動神社、元星神社、元八幡神社、元春日神社、元白山神社祭神を合祀執行せり。大正五年二月六日出願。社名を半布(はにふ)神社と改称大正五年三月七日許可。改称事由…奈良正倉院御物文書大宝二年美濃國戸籍中加毛・・・・・・・・・・ |
501-3303 岐阜県加茂郡富加町羽生字中村917番地の1 |
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加茂郡支部 351 |

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松永神社
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詳細
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元和四年二月旧領主竹腰山城守家の造立にして、維新前は年々例祭に神楽を奏せられ、同家より獅子頭を奉納せらる。本社は往古志津野村の総社なりしが、文化の頃村の中央に白山神社ありて地理の利便よりこの白山神社を総社とし、当社には石灯籠一基を奉献せらる。本社往古松永八幡宮と唱へしも、明治十年八幡神社と定めらる。・・・・・・・・・・ |
501-3205 岐阜県関市志津野2983番地の1 |
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関市支部 858 |

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有本神社
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創立年月未詳なれども、慶長十二年十二月再建その後度々再建す。社内に鰐口一個あり。之に文明六年十二月三輪大明神と之あり。と雖も原由未詳。本社祭神を白山大権現と称し奉斎す。之に依りて御改正の際三輪、白山合祀して有本神社と称して村社と定めらる。大正二年九月十七日岐阜県知事の許可を得て末社の祭神を本殿に合祀・・・・・・・・・・ |
509-1221 岐阜県加茂郡白川町上佐見5872番地 |
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加茂郡支部 516 |

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八幡神社
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創祀未詳。享保十九年七月二十七日二品親王より宣旨及び正一位八幡宮の御親筆御下賜相成りたり。元往年当神社に奉仕せる神職(元法印)当氏子の請願により、境内へ院を建て、請艘せり。法印は常に敬神の道に怠らず、勤行し、報本反始の大義を時に氏子に説く処あり。故を以て宝永四年七月一日時の社司奉行より金剛院の院号を・・・・・・・・・・ |
509-0247 岐阜県可児市塩河568番地の1 |
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可児支部 618 |

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