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東宮神社
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詳細
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| 古老の伝説に依れば、安永四年悪疫流行せし際、社殿を建設し、東宮神を奉斎せし処霊験灼かに感謝村民の崇敬厚く今日に至る。・・・・・・・・・・ |
| 501-0501 岐阜県揖斐郡大野町稲富字日合塚994番地の3 |
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揖斐郡支部 2888 |

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白鬚神社
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詳細
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| 当社の由緒は元治元年火災に罹り詳ならざれども、口碑並に遺跡に徴すれば、その創立は遠く鎌倉時代に及び地方屈指の神社たりしと云ふ。
文化財等、乙原歌舞伎、ドンガ(犬楠)(町指定)・・・・・・・・・・ |
| 501-0703 岐阜県揖斐郡揖斐川町乙原623番地 |
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揖斐郡支部 3003 |

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春日日枝神社
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詳細
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| 創建年月時不詳 当社は国帳内大野郡三拾二社の内従五位下船木明神是なり 其形境たるや南面に沼田を清く這は是れ往古湖水の漫潜せし所と云ふ 亦当社の前頭に大杉三株あり 是れ往古宮の杉又は二本杉と唱へし所の神木なり世人の所謂杉の宮と称せし故なり 上古此杉に船を繋き駐めしよし云ふ 故れこの大杉の前面今尚深泥長・・・・・・・・・・ |
| 501-1313 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲深坂2106番地の1 |
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揖斐郡支部 3033 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2505 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日小宮神1015番地 |
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揖斐郡支部 3104 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建は雄略治世第2戊戌年秋9月と伝え孝謙天皇天平宝字4庚子年4月再建。勅願所として少彦名命を造営使として社殿並に七堂伽藍を建立せしめ本宮離宮若宮外宮四ケ寺を建て別当職置く而して附するに神領300石を以て広哀12町を画し之を給す。後光巌院当国垂井行社所より小島村瑞巌寺に行幸の節当地を御通輦遊ばされ当社・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字村中918番地 |
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揖斐郡支部 3076 |

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春日神社
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詳細
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| 創祀不詳。本社は千有余年前の古社にして、本郷城主國枝氏の家臣野原又三郎両氏及土岐氏の家臣西村勘九郎氏等特に当春日大明神を信仰し、武運を祈願すと伝ふ。その後慶安三年霞ヶ谷山抜の為社殿崩壊後年再興せり。旧幕末時代領主石黒氏参拝奉幣の式典あり。殷賑を極む。昭和六年四月二十八日無格社伊雑神社(山洞字西屋敷5・・・・・・・・・・ |
| 503-2421 岐阜県揖斐郡池田町山洞482番地 |
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揖斐郡支部 3065 |

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神明神社
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| 雄略天皇十七年創祀。本村は中古駅家に当り倭姫命神器を奉して大和笠縫邑より出て駅家を通過して本巣郡伊久良河宮に四年間奉齋し賜ふ其の神徳を忍びて後年雄略天皇の御代河原田に本社を創建すと傳ふ。享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の為村の西部を河貫通し字二つ屋の地を河の西岸に分離するに至りし為当社亦揖斐・・・・・・・・・・ |
| 501-0534 岐阜県揖斐郡大野町下座倉379番地 |
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揖斐郡支部 2917 |

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六社神社
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詳細
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| 由緒不詳なるも御鏡には弘化四年極月と記しあり。夫れ以前の往昔の創立と思はる。・・・・・・・・・・ |
| 503-2504 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日中山2726番地 |
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揖斐郡支部 3102 |

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神明神社
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詳細
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| 第十二代景行天皇の御代舂米宿弥氏美濃国当地に在り。荒地を開墾し田畑を造り米作りをしたのが当本郷の始まりという。その后仁和4年(888)夏、当地方旱天続き、池田山の谷川総て水枯れ、農作物も枯死寸前に至り飲料水も事欠き村人難渋のとき樋口金吾祐寛等山中に入り谷奥に水源を求め樋を埋め池を堀り導水したので漸く・・・・・・・・・・ |
| 503-2417 岐阜県揖斐郡池田町本郷547番地 |
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揖斐郡支部 3062 |

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新宮神社
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詳細
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| 人皇第56代清和天皇の六王子の末孫土岐家三十余代の頃文明九年乱世と成りね土岐伊豫守山県郡大桑村に居城。其の子土岐美濃守大野郡岐礼村に移り居城せり。其の家臣小塩藤左衛門旗頭として新宮権現小塩家鎮守神として守護し来り、土岐美濃守落着後、岐礼村字伊野に住居を定め、一角に新宮権現を鎮座し給ふ。此の地名を新宮・・・・・・・・・・ |
| 501-1302 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲岐礼165番地の1 |
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揖斐郡支部 3022 |

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