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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0604 岐阜県揖斐郡揖斐川町大光寺142番地の2 |
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揖斐郡支部 2953 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2502 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合字堂西1247番地 |
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揖斐郡支部 3096 |

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春日神社
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詳細
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| 大正十二年十月二十六日許可、字下諸家1064番地の1八幡神社を合併。同十三年十月二日合祀す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0903 岐阜県揖斐郡揖斐川町坂内坂本1475番地の1 |
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揖斐郡支部 3016 |

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神明神社
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詳細
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| 創建不詳なるも明治維新前より奉齋されていた。明治年間は公郷村で明治の末期、公郷村、揖斐村が合併し○村となり、無格社神明神社及び山神神社を明治四十三年四月二十日岐阜県の神社財産登録台帳に登録し、島部部落の崇敬者一同九月十六日を例祭として鄭重なる祭事を齋行してきた。終戦後宗教法人に切替の際、部落に一社の・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷字三の坪582番地 |
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揖斐郡支部 2929 |

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山神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2502 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合字付西105番地 |
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揖斐郡支部 3094 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古当村を泉江荘と称し延久四年九月五日太政官牒に依り石清水八幡の荘園となるや荘内に其御分霊を祀れるものにして七堂伽藍ありしを信長放火し終に焼失す 故に其跡に灰塚あり経二間高三尺ありて全鋲古瓦の残片を発掘せしことあり 或いは本社より一町東に西宮神ありしよし現今爰を字西宮神と云ふ 又大川先に古池あり昔よ・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字中道1747番地 |
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揖斐郡支部 3072 |

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天神神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。慶長元年再建と之有り。慶応元年元大野郡野村藩主知事戸田淡路守氏良崇敬の神社にて、年々祭礼には野村藩より知事代理として社寺課長大属今泉清随員兵卒を引連れ参拝あらせられけり。・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷3005番地の1 |
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揖斐郡支部 2930 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0611 岐阜県揖斐郡揖斐川町小谷223番地 |
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揖斐郡支部 2958 |

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神明神社
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詳細
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| 明暦三年九月創祀。本村は平野庄の一部にして元安八郡に属し比叡山延暦寺領なり。然るに享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の際本村河川敷となりし為土地の大半を失ひ住民離散の厄に遭ひ人家は東端に立ち退き大野郡に編入。又其の際松の木を移植せるも是亦堤防敷となり更に植樹せしが現在の松の木にして里人神木と称・・・・・・・・・・ |
| 501-0533 岐阜県揖斐郡大野町本庄字村之内204番地 |
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揖斐郡支部 2915 |

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神明神社
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詳細
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| 天和三年七月久瀬川(揖斐川)大洪水の際本村旧高百九十二石八斗二升二合の内三十石余の耕地及び戸数十余戸と共に本神社境内も全部流失し、一面川原と化し、その後再度の出水に耕地の流失続出し、村民一般極めて悲嘆の状態に陥りたるを以て藩主石河佐渡守は自ら其の悲惨なる状態を臨検し、直ちに伊勢皇太神宮を奉戴し川欠浜・・・・・・・・・・ |
| 501-0632 岐阜県揖斐郡揖斐川町上東野347番地 |
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揖斐郡支部 2986 |

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