
|
|
稲荷神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-1303 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬291番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3025 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 足利氏以前は詳かでないが、織田信長の横倉寺の僧徒と戦いたる時兵火に見舞われ(其の当時の住所地同区字古屋敷)現在の場所に転住するとともに鎮守の神として神明神社を祀り爾来氏子の尊崇する処となれり。大正五年二月十二日本縣許可により字村西1492番地に鎮座の無格社山神神社を合祀する。寛永○(寛永に戊子年無し・・・・・・・・・・ |
| 501-0633 岐阜県揖斐郡揖斐川町小島字屋敷1462番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2987 |

|
|
天神神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2506 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日香六395番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3105 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 伝説に依れば宝暦年間の勧請創建にして、粕ヶ原中之切の氏神として遷宮し、今日に及びたる。・・・・・・・・・・ |
| 503-2402 岐阜県揖斐郡池田町粕ケ原字宮浦964番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 3043 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 昔江州佐和山の城主石だ治部少輔三成の弟石田左衛門尉藤原光堂、文禄三年江州横田村退去の後嫡子左衛門尉光次濃州大野郡野村郷内寺内と称する所に移住し、此の村鎮守の神明神社を村社として崇敬しいしが、その後慶安四年旧大垣藩より寺内村を戸田淡路守へ分地せしより領主代々尊信し、野村藩廃撤まで社殿営繕には常に藩庫の・・・・・・・・・・ |
| 501-0503 岐阜県揖斐郡大野町寺内字宮東962番地の1の1 |
 |
|
揖斐郡支部 2895 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 文禄元年三月四日豊臣秀吉朝鮮征伐の際武運長久国家安泰戦捷祈願したりと口碑に伝はる。氏子の崇敬厚かりしが、同年五月朝鮮京城陥落の際は盛大なる祭典を挙行せりと云ふ。後延宝二年元池田郡上田村海雲山慈眼寺と唱ふる臨済宗の寺院ありして大垣藩第三代の領主たりし戸田氏西公の世に至り同族の所々に転封せられ戸田家の初・・・・・・・・・・ |
| 503-2415 岐阜県揖斐郡池田町上田686番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3058 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪字上新町884番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2968 |

|
|
山神神社
|
詳細
|
| 寛永五年七月創祀。享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷し、東に移り其の被害激甚なるを憂ひ寛永五年治山の守護神として創建せしと傳ふ。里人の崇敬厚し。・・・・・・・・・・ |
| 501-0535 岐阜県揖斐郡大野町加納873番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2921 |

|
|
諏訪神社
|
詳細
|
| 里伝に依れば、この地古くは谷汲村に通ずる山道にして今も尚ぬすと越と称する坂道に接し、谷汲村大字名札式内花長下神社とは表裏の地にて、其の神社と同時頃の建設の神社と伝承せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-0604 岐阜県揖斐郡揖斐川町大光寺字城裏222番地の2 |
 |
|
揖斐郡支部 2954 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創建年月日不詳。慶長九年五月再建と有り。元不破郡岩手城主竹中半兵衛崇敬の神にして、毎年例祭には岩手城主より代参せられ、金穀の供進も之有りしも、書類一切焼失の為唯古老の伝説に存するのみ。公卿字十之坪鎮座祭神応神天皇勧請年月日不詳。古伝に大御業城主竹中遠江守の鎮守と称す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷2103番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2933 |

|