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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。由緒不詳なれども、口碑にもと内宮御厨社屋敷神明神社より分霊奉祀の処、大火の際霊顕あって災禍を免れ、ために住民の信仰いよいよ篤く、日方の産土神となれりといふ。・・・・・・・・・・ |
| 503-1636 岐阜県大垣市上石津町西山142番地 |
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養老上石津支部 3258 |

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八幡神社
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詳細
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| 清和天皇山城男山に石清水八幡宮を建て給ふた。当社は往昔川添家の鎮守であったが、村民の願望に依り、元禄七年八月字中村に創建した。俗に此地を元八幡といふ。中組元八幡より現地に移転奉祀せられた。末社 津島神社は(年代不詳)疫病流行して村民大いに苦しんだ時、疫病鎮圧のため、尾張津島神社の御分霊を奉迎して一祠・・・・・・・・・・ |
| 503-1638 岐阜県大垣市上石津町上866番地の1 |
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養老上石津支部 3262 |

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神明神社
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詳細
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| 当村日比久助なる者、享保九年八月一祠をこの地に創建した。その子細は、現境内の東方に霊泉があり、(今存す)人之を汲んで忽然殃害あるを以て、その泉上の山中に火神を奉祀した。爾来その禍は絶えるに至ったと傳へている。境内津島神社は慶応三年疫病大いに流行したので、尾張國津島神社の御分霊を奉迎して以来信仰篤く、・・・・・・・・・・ |
| 503-1624 岐阜県大垣市上石津町三ッ里864番地の1 |
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養老上石津支部 3241 |

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素盞鳴神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-1602 岐阜県大垣市上石津町牧田3593番地 |
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養老上石津支部 3222 |

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白山神社
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詳細
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| 一説に依れば、仁明天皇承和十五年藤原宮房(美濃守)のの勧請であるといふ。又塚塚氏の祖先、加賀白山に分霊を請ひ奉祀せしものであると、明和元年九月古阪に創建の処、安永二年六月闇谷に移転し、更に嘉永年中今の社地船岡山に奉遷した。・・・・・・・・・・ |
| 503-1633 岐阜県大垣市上石津町打上632番地の1 |
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養老上石津支部 3252 |

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熊野神社
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詳細
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| 長禄二年創立。当時見羽助市?カ、川地治左衛門と言ふ者の鎮守なりしが、文禄三年里民の所願により村内崇敬の氏神となる。棟札によれば、承応二年二月元禄七年七月再営。享保十一年九月、寛保三年九月、宝暦十二年三月、寛政五年八月、慶応元年九月に至るまで十二回の修補が行はれた。繁栄の模様が伺はれる。昭和八年八月本・・・・・・・・・・ |
| 503-1612 岐阜県大垣市上石津町谷畑134番地 |
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養老上石津支部 3229 |

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八幡神社
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詳細
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| 当村は古来若山飛騨守政家の鎮守にありしが応永の頃若山飛騨守入道道宗と改称し、当國石津郡牧田荘に落居し、此の地に一宇を建立す。移転の年月は不詳なりと雖も造営の記録に詳なり。棟札、一、享保三年二月若宮八幡宮。一、天明二年六月牧田山村郷柿屋文吉。一、安政三年歳暮冬二十八日奉遷宮八幡宮一宇。一、文政七年八月・・・・・・・・・・ |
| 503-1602 岐阜県大垣市上石津町牧田1439番地 |
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養老上石津支部 3225 |

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子安神社
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詳細
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| 創祀不詳であるが、初めて史籍に見えたのは、三代実録に貞観十八年七月十一日、授美濃國正六位上児安神社従五位下とあるのが最も古く、美濃國神明帳の出来た天暦の頃には不破郡八十二社の内正二位児安大明神とあり。年次を追って授位された由緒ある神社である。按ずるに、宮代南宮神社の中に児安神社があって、三代実録及び・・・・・・・・・・ |
| 503-2213 岐阜県大垣市赤坂町字羽根4026番地 |
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大垣市支部 2083 |

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山神神社
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詳細
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| 古来、樵夫の守護神として、信仰篤く、祭儀は盛大であった。当部落民は林産業に従事し、生計を木材、製炭によって立てる者多く、特有の神楽を奏し、深慮を慰め神徳を奉謝する習俗があった。・・・・・・・・・・ |
| 503-1611 岐阜県大垣市上石津町奥391番地 |
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養老上石津支部 3228 |

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白山神社
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詳細
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| 岐阜県美濃國不破郡荒尾村字木呂瀬古490番地 無格社白山神社由緒創建年紀不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-0991 岐阜県大垣市木呂町字木呂490番地の1 |
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大垣市支部 2064 |

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