八幡神社 (はちまんじんじゃ)
通称     
主祭神  
      応神天皇(おうじんてんのう)
      玉依姫(たまよりひめ)
摂末社祭神     
地図 map
住所        
〒503-1501 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原字一二ノ湯1371番地
由緒由来  
当神社は創建年紀不詳なりと雖も、小関村の起源は最も古し。即ち壬申の乱の際天武天皇此の地に大捷を得給ひ、関東の地勢たるや軍事上警備上重要なる地点たる事を認められ、之がため翌白鳳元年には此の地に不破の関の正庁を設置せらる際小関村は北国脇往還の関門たるの故を以て不破関(大関)の姉妹関たる(小関)を置かる。之即ち小関村の起因たり。而して住民は次第に発達し、北国脇往還を挟みて笹尾山麓に八幡社、天満山麓に若宮八幡神社を建設し、鎮守の宮として崇敬し来りしことは想像に難からず。降りて承久乱に於いて官軍の将山田次郎杭瀬川の戦に破れ、京都に落ちんとせし際小関の宮の喬木に官軍旗を結び、官軍ありと見せたること承久記に見えたり。天文十九年の頃には小関に於いて関銭二百文ずつを徴せしこと、滋賀県菩提寺記録に見えたり。次いで慶長五年関ヶ原合戦の時、西軍の将石田治部少輔三成は八幡神社たる笹尾山に陣し、湯の花を揚げて戦勝を祈願せしに其の湯は赤血と化せる由今猶口伝し、其の霊示を感じてや、付近よりの崇敬者夥し。次いで大正八年三月若宮八幡神社を境内社として字細田より移転合祀せり。慶長の役に社殿其の他宝物は兵火の厄に遇ひ寛文元禄宝永嘉永の時再築を行ひ、以後修復を重ねたること十数回を以て今日に至る。
祭礼情報  
10月5日