神明神社
(しんめいじんじゃ) |
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摂末社祭神 |
伊邪那美命(いざなみのみこと) | 伊邪那岐命(いざなぎのみこと) | 菊理姫命(くくりひめのみこと) | 応神天皇(おうじんてんのう) | 大己貴大神(おおなむちのおおかみ) | 崇徳天皇(すとくてんのう) | 天児屋根命(あめのこやねのみこと) | 武甕槌神(たけみかづちのかみ) |
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地図
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住所 |
〒506-1314 岐阜県高山市上宝町藏柱4560番地 |
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由緒由来 |
創立年代は不詳である。古老の口伝によると、椋椅(くらはし)某が此の地にきて田畑を開墾し、谷水を使った。地名も「田谷」といい、通称「田谷宮」と里人等に親しまれた。部落の名も「くらはし」から藏柱と改名されたのである。
承久年間より江馬家の領主の庇護により石浦・田谷(上・下)・沖田・かじや・下垣内の各集落に神社を建立し守護してもらった。
元禄七年大垣藩主戸田采女正の検地の際八畝二十歩の除地がある。後年になるが、年代も不明であるが、石浦宮を除いて田谷宮神明神社に合併合祀されている。棟札等に「天明三年、本宮再建氏子中、二滝より舟橋まで不残」とあり、天保三年の棟札に氏子は六十軒と記されている。
石浦宮の神鏡には明治四年田谷、森合祭とあり、このとき合併合祀されたのであろう。 |
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