三枝神社
(さいぐさじんじゃ) |
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摂末社祭神 |
須佐之男命(すさのおのみこと) | 大市比売命(おおいちひめのみこと) | 伊須流支比古神(いするぎびこのかみ) | 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ) |
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地図
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住所 |
〒506-0041 岐阜県高山市下切町2326番地 |
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由緒由来 |
創建年代不詳と雖も、日本紀、飛騨國沿革、行心塚、里説等に依れば、持統天皇朱鳥元年十月新羅沙門行心の奉斎せしものならん。里説に云ふ。がらんげ俗称(伽藍跡元禄水帳に除け地あり)の行心坊(被合併社)神明宮内宮と(改称前合併社)稲荷宮外宮とを伊勢両宮として奉斎せしものなりと(天保十三年八月宮野に於いて両宮祭執行の古文書に依る。)一、後花園天皇長禄年間後土御門天皇長享年間に社殿改築(棟札)一、正親町天皇天正年間松倉城主三木休庵自綱下切村の下屋敷を川尻又右ェ門に賜り稲荷宮(合併前の神社名)を守護せしめらる。(稲荷縁起に依る)一、東山天皇元禄七年伊奈半左ェ門除け地三反歩を付せらる。(元禄水帳に依る)一、後櫻町天皇明和四年仲夏上旬社頭造立被合併社不動社(棟札に依る)一、後桃園天皇安永三年八月本殿改築(棟札)一、光格天皇寛政二年八月郡代飯塚常之丞参拝(御用場成日記に依る)一、仁孝天皇天保三年社殿改築被合併社不動社(棟札)一、天保十三年二月小祀式修封「羽倉伯耆守」拝受(願主大谷屋源藏証書)一、孝明天皇嘉永二年二月社殿改築(棟札)同年同月大祀式修封「羽倉伯耆守」拝受願主大谷屋源藏(証言に依る) |
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