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田瀬神社
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詳細
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創祀未詳。貞享二年十二月再興。その他由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
508-0201 岐阜県中津川市田瀬1番地 |
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中津川市支部 2237 |
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水無神社
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詳細
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創祀未詳、慶長年間に木曽三岳村から移住してきた付知三尾氏の祖が、その村に祀られていた水無神社(飛騨國一の宮水無神社の分霊)を勧請したと伝承されている。
寛文6(1666)年再興の旧記あり。
貞享元(1684)年9月25日、倉屋神社で始まった式三番叟「翁舞」の奉納に加わって、若宮八幡神社・子安神社・・・・・・・・・・ |
508-0351 岐阜県中津川市付知町字曽利免3875番地 |
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中津川市支部 2249 |
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諏訪神社
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詳細
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承平元年藤原伊房公奉斎、旧馬籠村の産土神
馬籠の里に一の御祠を御建立、天照皇大神 諏訪大明神を御奉祀し朝廷の御武運長久を祈られたとあり。また日本武尊御坂街道戦勝にて御通りの 折り御参拝されし神地なりと伝承ありという。
明治五年十一月村社に列す。
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508-0502 岐阜県中津川市馬籠字アラ町5183番地 |
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中津川市支部 3354 |
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白山神社
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詳細
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日本書紀では伊弉諾尊、伊弉冉尊は日本最初の夫婦神であります。下野に祀られたのは、棟札に依れば明暦3(1657)年に再建されたと記されて有りますので、今より380年位前にこの地に祀られたと思います。本宮は加賀一ノ宮白山比神社からの分霊を祀り、産土神として祀られています。神徳。家内安全、命の親神、縁結、・・・・・・・・・・ |
508-0202 岐阜県中津川市下野1154番地 |
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中津川市支部 2238 |
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水神神社
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詳細
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元禄年間鎮座の記録あり。この年間に大洪水がおこり、住民が社殿に縄をかけ、川下に引くが、現在地に至る時に社殿動かず、里人神意なりと受け此の地を社地と成す。大洪水にもかかわらず社殿敷地には害なく、水神として徳高しと崇敬を集める。・・・・・・・・・・ |
509-7321 岐阜県中津川市阿木7834番地 |
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中津川市支部 2217 |
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秋葉神社
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詳細
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並松は中仙道から飛騨へ行く重要な道の町並みであり、昭和初期まで栄え諸商店が林立していた。町並みがあれば一旦火災が生ずれば類焼が避けられず、火を鎮めることは重要であった。遠州の秋葉本宮より分け御神霊を頂き並松の町並みを望む山復に秋葉神社を建立し、この地の守護神とした。所謂御旦那集が多く例祭時には山車が・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字並松4659番地 |
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中津川市支部 2225 |
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上地神社
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宝暦八年再建後、文化五年十一月拝殿補修。従来南宮神社と奉称し来りしが、明治二年一月二十五日室里神社と改め、其の後明治五年十月改修し、上地神社と奉称し崇敬している。例祭は九月二十九日であるが、いわゆる三九日に祭礼をおこなっている。三九日の重陽の節句・菊の節句という中国の考え方と稲の収穫の季節とかさなり・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字瀬戸1029番地 |
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中津川市支部 2230 |
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諏訪神社
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詳細
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創祀未詳なれども、寛永五年七月再建。寛永五年七月二十七日再建。元禄三年七月初めて村社となし、稲荷大明神、諏訪大明神、八幡武大神の三社を一社に合祀す。
手賀野の斧戸(よきど)にあり、社殿は、縦一丈五尺一寸、横一丈四尺五寸の三間社流れ造りです。
神主は、寛永の頃より松源寺住職兼務であり、元禄三年七・・・・・・・・・・ |
508-0015 岐阜県中津川市手賀野723番地 |
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中津川市支部 2213 |
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金刀比羅神社
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詳細
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当金刀比羅神社は、香川県仲多度群琴平町に鎮座する、金刀比羅宮より、当時の日比野村恵比寿岩に金刀比羅大神を奉齋されると口碑あり。天保13年可知若狭正藤原重美が、天満大自在天神宮を合祀し、明治の始め社を再営し、神仏分離により日比野村お竜渓(おりうけ)より、木花佐久夜比売命を合祀し、安産の神並に物を生み出・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字並松4600番地の39 |
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中津川市支部 2233 |
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大洗磯前神社
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詳細
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従来この地域ではお薬師様への信仰が厚く、廃仏毀釈の折りも本堂は打ち毀されるも、薬師如来は村人の手で秘匿された。数年後、薬師堂建立の声が盛んになり苦肉の策として、神社を建てその中へお薬師様を祀ろうと考え、受持ち神宮苗木村水野忠鼎へ薬師神社建立の申請をするも不許可。明治九年再度嘆願したところ、薬の神を祀・・・・・・・・・・ |
509-9231 岐阜県中津川市上野433番地 |
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中津川市支部 2295 |
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