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神明神社
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| 棟札にて創祀天暦元年九月十六日。明和年間火災により由緒書類焼失。口碑によれば祭神は女神にて安産の神として氏子はもとより他村の崇敬者多く、右側面の巌より湧出ずる清水は本殿と拝殿の間を流れる。石橋よりこの水を汲み妊婦服用すれば必ず安産すと伝え聞く。・・・・・・・・・・ |
| 501-3786 岐阜県美濃市乙狩字小洞2595番地の1 |
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美濃市支部 2497 |

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神明神社
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| 創祀不詳なれども、氏子古老の口碑並びに境内林の樹齢からみて三百年以前と推定され、古来村内氏子を始め一般崇敬者の信仰が篤い。・・・・・・・・・・ |
| 501-6254 岐阜県羽島市福寿町本郷本郷479番地の1 |
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羽島支部 252 |

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神明神社
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| 勧請年記不詳。安政六年八月建立棟札之有り。・・・・・・・・・・ |
| 509-0303 岐阜県加茂郡川辺町石神783番地の1 |
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加茂郡支部 426 |

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神明神社
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2409 岐阜県揖斐郡池田町舟子字萩ケ谷257番地 |
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揖斐郡支部 3052 |

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神明神社
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| 当社の起源年代不詳なり。此の地山内字東平の内荒神洞厳壁の岩屋あり。其の深さ九尺横幅二間なり。然るに里人の口碑に曰く、往古何國より来るか落人来り、此の岩屋に住す。又谷辺に出て萱屋を結て此に移りて住居す。開墾して穀種を作り又麓に伊邪那美神を勧請し崇敬す。故に自然岩屋谷と称す。後産子多数なり。連年祭典執行・・・・・・・・・・ |
| 506-1103 岐阜県飛騨市神岡町岩井谷326番地 |
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吉城郡支部 1219 |

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神明神社
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| 創祀不詳なれども、往古より氏子の敬神の念厚し。指定村社たり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2313 岐阜県安八郡神戸町新屋敷字宮元の248番地の1 |
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安八郡支部 100 |

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神明神社
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-2257 岐阜県山県市富永1280番地 |
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山県市支部 1794 |

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神明神社
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| 創祀不詳なるも、再興年度は天和元年十二月(棟札)遡りて再興以前を考ふるに、本社当大字新井地内字川原口(元宮田地名の一部なりしが慶安三年大滝川の決壊後は川原口と称す)に鎮座せしが、大滝川沼岸再度の水害を慮りて現在の位置に遷座せり。是再興の年度なりと而して故鎮座の地には伊勢杉と称する老杉ありて、幹の周囲・・・・・・・・・・ |
| 503-2105 岐阜県不破郡垂井町新井429番地 |
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不破郡支部 2547 |

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神明神社
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| 織田信長堂宮を焼亡ぼすと云ふ噂に里人二ノ宮神社の本尊を二つに分け守護し奉りしにあにはからんや本宮は焼き払はれたが、本社には異状なく、織長亡びし後一つを西の宮とし、一つを東の宮(現二ノ宮神社)とし、里の名を新しき宮の村即ち新宮と名付け氏神として年々祭事を執行し、現今に至る。昭和六年三月十二日岐阜県指令・・・・・・・・・・ |
| 501-0628 岐阜県揖斐郡揖斐川町新宮42番地 |
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揖斐郡支部 2982 |

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神明神社
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| 此の里に往古より住む毛利某(五十瓊敷入彦命の重臣毛利倫馬の子孫)天照大御神を勧請し、氏神として奉斎し、社殿等も立派なりしも、戦国時代兵火にかかり、旧記等も無く、古老の言傳へを聞くのみなり。・・・・・・・・・・ |
| 502-0817 岐阜県岐阜市長良福光東1丁目2番6号 |
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岐阜市支部 1192 |

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