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神明神社
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| 当社縁起維新の際散逸、草創は明らかではない。源平の頃義仲勧進する処なりと言ひ、義仲の時代を遡ると考へられる。大永6年遠山氏植苗木より今の苗木城を築き移転以前、飯田城主小笠原定基の領地。既に社殿あり、代官高柴伯耆守景長奉行再建とあり。当時は熊野神社と言われていた。遠山氏居城を苗木に築いてよりは、鎮守と・・・・・・・・・・ |
| 508-0101 岐阜県中津川市苗木字日比野1112番地の1 |
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中津川市支部 2228 |

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神明神社
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| 正慶年間の創祀。寛政六年一月社殿焼失再建。今日に至る。・・・・・・・・・・ |
| 509-7205 岐阜県恵那市長島町中野字神明前1055番地の1 |
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恵那市支部 1578 |

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神明神社
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| 白河帝の正保年中頃創祀か。順徳帝建暦年間再興。神明山天照寺は(維新の際恐れあるを以て照の一字を性と改めたり)旧名般若院と云て修験者の住し跡なる可し。何時頃に廃しけん。知る能はず。三木久綱が護りし高山外記が旧城塁を修復し、居城と定め、鎮守祈願所と尊院せられしを社殿の絵馬に高山城より敬白とあり。即ち領主・・・・・・・・・・ |
| 506-0832 岐阜県高山市天性寺町71番地 |
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高山市支部 1724 |

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神明神社
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| 創立年代は不詳である。古老の口伝によると、椋椅(くらはし)某が此の地にきて田畑を開墾し、谷水を使った。地名も「田谷」といい、通称「田谷宮」と里人等に親しまれた。部落の名も「くらはし」から藏柱と改名されたのである。
承久年間より江馬家の領主の庇護により石浦・田谷(上・下)・沖田・かじや・下垣内の各集・・・・・・・・・・ |
| 506-1314 岐阜県高山市上宝町藏柱4560番地 |
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吉城郡支部 1280 |

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神明神社
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| 稲葉郡鵜沼三ツ池区に所属していた当時より川崎航空機工業(株)に隣接していた地区であったため、川崎区と命令して分離発足した地区名である。昭和20年6月22日米軍の川崎航空機工場の爆撃により、川崎区は253戸が一挙に潰滅し、多数の死傷者を出した。このため昭和27年3月区民相集ひ、被爆死亡者の霊を鎮めまつ・・・・・・・・・・ |
| 509-0147 岐阜県各務原市鵜沼川崎町2丁目131番地 |
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各務原市支部 840 |

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神明神社
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| 創立年暦由緒不明なれども里傳に此の土地は低湿地にして、年々洪水有りて、作物不毛の地と化し、人命危ふきに至る事多し。されば里人感じする所となり慶長の始め頃より、現在の小高き所へ神明宮を勧請し、水防鎮護、五穀豊穣村民安全延命守護神として崇敬厚く古来より各藩諸士を始め、一般参拝者も繁く、次第に氏子崇敬者を・・・・・・・・・・ |
| 500-8366 岐阜県岐阜市宇佐東町18丁目15番地 |
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岐阜市支部 1001 |

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神明神社
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| 創祀未詳。由緒不明なれども、明治四十四年九月廿日字山越村社神明神社、字前平村社白山神社を合祀す。例祭日九月二日。・・・・・・・・・・ |
| 509-3303 岐阜県高山市朝日町浅井字森平1200番地 |
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大野支部 2185 |

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神明神社
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| 天暦年間六十二代村上天皇の勅命により藤原高光卿福部ヶ岳の妖魔を退治し、山麓六ヶ所に六社を建立し守護神となし、星宮神社を第一番となす。退治に用ひたる弓は宮に納め矢は境内にある深渕に納む。名付けて矢納ヶ渕と云ふ。傍らに堂宇を建て天照大神を奉祀し、星宮奥之院とす。神明神社是なり。・・・・・・・・・・ |
| 501-4102 岐阜県郡上市美並町高砂字坊切1253番地の1 |
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郡上市支部 1376 |

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神明神社
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詳細
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| 宝暦十三年四月十六日再建の棟札を存し、裏面に先々年雖紛失天正十六年癸未当社創建云々」その他由緒不詳。・・・・・・・・・・ |
| 509-5122 岐阜県土岐市土岐津町土岐口1373番地 |
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土岐支部 2320 |

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神明神社
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| 創祀未詳。文明18年以前の古社なり 里伝云古へ梶原市造と云者ありて、尾張国丹羽郡羽黒村より当地に移り住み時に伊勢神宮へ参詣し、内宮の広場に於いて小さな小石を一箇を拝受賜り神霊と仰ぎまつり、帰村してこの小石こそ神の鎮め物として創建し其の神霊を奉祭し、建久の頃梶原景時尾張国丹羽郡入鹿村及び羽黒村の辺を領・・・・・・・・・・ |
| 507-0088 岐阜県多治見市大藪町山下1386番地の1 |
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可児支部 572 |

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