
|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、「神社明細帳」によれば、里伝に曰く、旧蹟は現今の地より一町余り乾の方に在り。字下落吉備森と称す。今尚田圃の中に石塚の存するあり。是を昔時の社地と云ふ。元来笹ヶ洞と一村たりしを分離して二村とするときは則ち社地村尻となるを以て敬畏に堪へず、村頭へ移転す。今の住上是なり。・・・・・・・・・・ |
| 509-4273 岐阜県飛騨市古川町寺地800番地 |
 |
|
吉城郡支部 1330 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創立年月日は不詳なるも、古社である事は左により推定ができる。深濱は元和中一國帳に載せて有る安田村宮地村梶屋村と四ヶ村共小笠原土佐守(高須城主)の領する所で、本阿弥新田開発の時(慶安の初年)垣内に囲込みたり。承応三年小笠原土佐守検地して「此の村は往古より之有り候処、本阿弥堤内に囲込みたるも此畑古田々付・・・・・・・・・・ |
| 503-0644 岐阜県海津市海津町深浜字中52番地 |
 |
|
海津市支部 736 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。応神天皇を祀りしは、この里は往古より尾張領にして八幡神社を氏神として祀れり。
文化財等 ヤリ 1点 (県第37342号)大垣城にあり
刀 1点 (県第37341号)
・・・・・・・・・・ |
| 503-0995 岐阜県大垣市十六町1番地 |
 |
|
大垣市支部 2068 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なれども、往古より氏子の敬神の念厚し。指定村社たり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2303 岐阜県安八郡神戸町安次字畑田474番地の1 |
 |
|
安八郡支部 91 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 此の社、往古は智勝院境内にありしが、其の後練山和尚の時に至り、阿弥陀寺出町の氏子より寺の社なりとて取り上げしかば、出町の百姓等従来の関係を説き、百方鎮守と致し庶由願ひ出てたれども、遂に之を許さざりければ、寛永十三年庄屋山田甚右ェ門、出町の氏子と議り、同社の脇に小社ありしを、其の北に遷し、氏子の惣氏神・・・・・・・・・・ |
| 501-1177 岐阜県岐阜市中西郷966番地 |
 |
|
岐阜市支部 1095 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 寛文8年南側の地に八幡山安楽院神誓寺を建立して社僧を居き、法印法師たる身分を以って弔事を除く神仏祭事一切を司りて七代、約200年を経たり明治初年神仏分離令が制定され、以前の行為は凡て排除され神官を以って神徳高揚に任ぜられる。明治6年神社諸制度改革のおり当宮も八幡神社と社名を改め社挌を村社に指定される・・・・・・・・・・ |
| 509-6104 岐阜県瑞浪市山田町468番地 |
 |
|
瑞浪市支部 1852 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 正保五年領主小笠原主膳より田八畝二十七歩寄付せられ其の後度々水害に付き、貞享元年現今の堤上に遷座す。創建年月不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-1272 岐阜県養老郡養老町大場無番地 |
 |
|
養老上石津支部 3133 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0631 岐阜県揖斐郡揖斐川町上岡島123番地の2 |
 |
|
揖斐郡支部 2985 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創建年紀不詳。昔宇留生の村社と云ふ。後永禄年間越中守宗恒氏神社境内に仮城を築きし時に当村池西たる小山に当社を奉遷依って此処を若宮と云ふ。旧字に見えたり。即ち誉陀和気命を祀る故に若宮と云ふ。その後織田信長右宗恒の城を落とす。因って慶長年間旧地に奉遷現座是也。・・・・・・・・・・ |
| 503-0034 岐阜県大垣市荒尾町1000番地の4 |
 |
|
大垣市支部 1961 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創建年紀不詳。享和四年九月農州安八郡中須村明細帳に左の記録あり。一、氏神 一社 村持 八幡宮 境内七畝歩 御年貢地??一石一斗。文化二年濃陽村々明細記中須村の條に左の記録あり。一、八幡宮 社三尺五寸三尺五寸 境内七畝歩 御除地。 境内稲荷神社は安政四年正月創立す。・・・・・・・・・・ |
| 503-0126 岐阜県安八郡安八町中須6番地 |
 |
|
安八郡支部 52 |

|