
|
|
日輪神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、斐太後風土記及び飛州誌に依れば当村、小産村、瓜田村、川東、十余ヶ村の産土神はほとんど当日輪神社の分神なりとの伝説あり。永享の頃小八賀郷の領主斯波氏の尊崇甚だ篤く社殿結構壮麗を極め衆庶の参詣陸続たりしと云へり。当時の遺跡として現存する字地名数カ所あり。寛永年間再興とある。・・・・・・・・・・ |
| 506-2116 岐阜県高山市丹生川町大谷字添洞562番地 |
 |
|
大野支部 2136 |

|
|
久津八幡宮
|
詳細
|
| 今から1600年も昔、飛騨国に両面宿儺という怪賊がいて、時の仁徳天皇は御弟の難波根子武振熊命を飛騨国にお遣わしになって宿儺を討って飛騨国を平定開拓されました。この時、武振熊命は、御父応人天皇の御霊をお祀りして武運長久と国土平安を祈られましたのが久津八幡宮の始めであると伝えられています。それから八百年・・・・・・・・・・ |
| 509-2518 岐阜県下呂市萩原町上呂2345番地の1 |
 |
公式HP  |
益田支部 321 |

|
|
貴船神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。旧号「八龍大菩薩」明治三年十二月神仏分離により、改号し「貴船神社」とす。口碑に曰く、天平十八年六月勧請すとあり。当社は本村之古社にして支村に桐山(今の桐谷)の地名あり。この地南各務郡に界し、西尾張より飛騨街道にして、線路桐山を経て当社の前を過ぎ、本村の東並びに出る里俗呼してこの街道を桐谷路・・・・・・・・・・ |
| 501-3876 岐阜県関市貴船町20番地 |
 |
|
関市支部 886 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 寛平五年三月創祀。本村は石太郷の一部にして社傳には寛平五年創建とあり。美濃國神明帳内の従五位下石部明神は当社に該当すとの説あり。古来上磯有里本庄鹿野定松五之里南方麻生九ヶ村の総社なり。毎年旧正月十四、十五両日の神田祭には掛役員裃着用帯刀にて神前に罷出祭祀を執行せるものにて前日即ち十四日には探湯の神事・・・・・・・・・・ |
| 501-0531 岐阜県揖斐郡大野町上磯292番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2912 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 養老四年創祀。その他不明。・・・・・・・・・・ |
| 506-0854 岐阜県高山市若達町1丁目74番地 |
 |
|
高山市支部 1729 |

|
|
生櫛神社
|
詳細
|
| 正保二年三月大明神建立。明治五年八月白髭神社と改称す。明治四十一年四月付近の小社稲荷、八幡、愛宕、日吉各神社を合祀し、大正二年十二月二十六日生櫛神社を創立せり。・・・・・・・・・・ |
| 501-3756 岐阜県美濃市生櫛字北出1578番地の1 |
 |
|
美濃市支部 2470 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 白河帝の正保年中頃創祀か。順徳帝建暦年間再興。神明山天照寺は(維新の際恐れあるを以て照の一字を性と改めたり)旧名般若院と云て修験者の住し跡なる可し。何時頃に廃しけん。知る能はず。三木久綱が護りし高山外記が旧城塁を修復し、居城と定め、鎮守祈願所と尊院せられしを社殿の絵馬に高山城より敬白とあり。即ち領主・・・・・・・・・・ |
| 506-0832 岐阜県高山市天性寺町71番地 |
 |
|
高山市支部 1724 |

|
|
伊奴知神社
|
詳細
|
| 寛永十三年五月創祀。・・・・・・・・・・ |
| 509-1113 岐阜県加茂郡白川町三川2067番地の1 |
 |
|
加茂郡支部 512 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、御輿の内に弘安五年五月、本願比久尼蓮意趣者先年子息甚太郎当病平癒立願也と記す。亦延文元年十一月三日再興、願主沙弥道円と記せり。濃陽志略に八幡祠放生寺之を掌る。天正自由三年二月二十日図録古記焼失と記せり。実にこの時古記焼失しけん。幸いに御輿は社内にあらざるを以て火災を免れたるものなる・・・・・・・・・・ |
| 509-0224 岐阜県可児市久々利1017番地 |
 |
|
可児支部 602 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。享保十九年七月二十七日二品親王より宣旨及び正一位八幡宮の御親筆御下賜相成りたり。元往年当神社に奉仕せる神職(元法印)当氏子の請願により、境内へ院を建て、請艘せり。法印は常に敬神の道に怠らず、勤行し、報本反始の大義を時に氏子に説く処あり。故を以て宝永四年七月一日時の社司奉行より金剛院の院号を・・・・・・・・・・ |
| 509-0247 岐阜県可児市塩河568番地の1 |
 |
|
可児支部 618 |

|