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諏訪神社
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創立年暦不詳。永正十八年九月再建、貞享三年閏三月造立。永禄十一年二月破損。元禄十四年八月造立。享和三年修復。文化九年八月再建。文政六年八月上葺天保十四年八月上葺。嘉永二年八月再建。安政三年八月拝殿造立。元治元年十一月鳥居再建明治六年村社に列す。明治八年九月再建。
10月の例祭に「小木棒の手」奉納・・・・・・・・・・ |
507-0044 岐阜県多治見市諏訪町字天ケ峰291番地 |
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多治見支部 1912 |
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道後神社
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三代実録清和天皇貞観九年十月十五日授飛騨國正六位上道後神従五位下。按ずるに文徳天皇仁壽元年正月二十七日詔天下諸神不論有位無位叙正六位とあり、この御時に此神も叙せられ給ひしと見ゆ。飛騨國式内外十八社考國人富田礼彦著云ふ、道後の名儀云々東山道は即近江、美濃、飛騨、信濃云々の序にて上代の四将軍の巡行も然る・・・・・・・・・・ |
509-3411 岐阜県高山市高根町上ヶ洞564番地 |
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大野支部 2202 |
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白山神社
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創祀不詳なれども、元弘の役に勇名を挙げし河野通有の子孫此の地に永住し、代々此の白山神社をば特に尊崇せしと古老の云伝あり。棟札に明徳三年、元禄八年六月再営等あり。・・・・・・・・・・ |
502-0801 岐阜県岐阜市椿洞志賀洞305番地 |
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岐阜市支部 1188 |
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八幡神社
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創祀未詳なれども、御輿の内に弘安五年五月、本願比久尼蓮意趣者先年子息甚太郎当病平癒立願也と記す。亦延文元年十一月三日再興、願主沙弥道円と記せり。濃陽志略に八幡祠放生寺之を掌る。天正自由三年二月二十日図録古記焼失と記せり。実にこの時古記焼失しけん。幸いに御輿は社内にあらざるを以て火災を免れたるものなる・・・・・・・・・・ |
509-0224 岐阜県可児市久々利1017番地 |
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可児支部 602 |
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長屋神社
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明治四十一年六月字上之大南「上大南神社」(祭神不詳)同山神神社・字上新谷「神明神社」字小野街道「神明神社」合併す。・・・・・・・・・・ |
501-2901 岐阜県関市板取字津井谷3620番地 |
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武儀支部 2620 |
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白山神社
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昭和六年十一月四日同村字神明前無格社神明神社並に堂村東屋敷無格社神明神社及当社境内社たる御嶽神社並に愛宕神社の合併を申請し、同年十一月十二日許可、昭和七年十月二十一日合併を了す。・・・・・・・・・・ |
501-3771 岐阜県美濃市大矢田2753番地の2 |
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美濃市支部 2480 |
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日吉神社
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縁由不詳なれども、大字勢至の地は既に奈良朝時代に開け巨刹の建立を見、神護景雲三年不破内親王の遁れて当地に来られし由書に見え、又当地は勢至る千軒寺三ヶ寺とて頗る大村なりしが、時代の推移と共に衰微し、今は戸数僅かに数戸となりしものにして、氏神としての神社の創立も相当に古きものと水量される。但し、文献散佚・・・・・・・・・・ |
503-1256 岐阜県養老郡養老町勢至96番地の1 |
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養老上石津支部 3119 |
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喜久一丸稲荷神社
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明治五年垂井町字笹原区崇敬者百四十八人の守護神として創建し、約八十年間年々祭典を厳修し来れるが、熱誠ふる崇敬者等の願出に依り、宗教法人法に依り公認神社として一層崇敬の誠を捧る事となれり。・・・・・・・・・・ |
503-2100 岐阜県不破郡垂井町字笹原1891番地の2 |
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不破郡支部 2540 |
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白山神社
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当神社は明治維新以前には白山妙理権現と称せられ、いつの時代に鎮座せられしか不明なれども、加賀の白山より分祀して西木野の氏神と仰ぎ、昔時は村内より登拝を怠らざりし由なり。昭和九年指定村社となり、氏子等の寄付金3055円(この外石燈籠玉垣等現物寄付見積額442円)を以て拝殿社務所祭文殿等造営。同十年四月・・・・・・・・・・ |
501-6261 岐阜県羽島市小熊町外粟野字東出3724番地 |
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羽島支部 255 |
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諏訪神社
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創祀未詳なれども、元禄の初年の頃ならん。古老の口碑によれば、東北方古諏訪と云ふ所に檜の摩擦により火を発し、神社炎上せしに依り、今の所に遷座せしならんと云ふ(此の字には現今に於いても檜を忌みて一本も植ゑずと云ふ)故に祭神の一体は黒焦の木造の下半身あるのみなり。尚男性女性二体の木像あれども腐朽して只形体・・・・・・・・・・ |
501-1175 岐阜県岐阜市下西郷1丁目158番地 |
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岐阜市支部 1092 |
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