
|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳 元禄11年、宝暦14年再建され 産土神として崇められる。・・・・・・・・・・ |
| 506-2124 岐阜県高山市丹生川町新張字ホウショ1773番地 |
 |
|
大野支部 2149 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 古老傳曰く、往古本村は関東への道路にして、応徳二年源義家奥州征伐の時、本村の森に憩ふ時に一老媼あり。団子を献ず。義家之を喫し畢て佩くところの守りの神像を解き与ふ。彼老媼後義家の憩ひし森に彼の神像を奉祀す。此の森をすずの森と称ふ。即ち涼みの森の略称なり。今尚祭礼に村内団子を以て賓客に供するを主とす。俗・・・・・・・・・・ |
| 501-0532 岐阜県揖斐郡大野町下磯745番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2914 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 年代は詳かならざるも、当社曾て祝融の災に罹り、古文書類焼失したり。故に文献の徴すべきものなきも、口碑の傳ふる処によれば、創立の由来は今を去る数百年前、当村近傍に敬神の念殊に深き農夫あり。その霊夢により、八幡大神の御出現を見、一宇の社祠を創立。崇敬したる由言ひ傳ふ。棟札は、延宝二年のものあり。明和七年・・・・・・・・・・ |
| 503-1262 岐阜県養老郡養老町小倉868番地 |
 |
|
養老上石津支部 3123 |

|
|
清水八幡神社
|
詳細
|
| 幕末の頃長良川の洪水と共に流れて来られ、清水六右衛門清水弥左衛門に夢の御告げがあり、清水八幡宮なり。此の地にて勧請致すべし。民族を守護せんと宣うてかき消す様に御姿を失はれたと云ふ。そこで辻下1962番地に社を創建して氏神となし其の後長良川の水害によって相談の上石器の出たことのある古い土地、山本627・・・・・・・・・・ |
| 501-3107 岐阜県岐阜市加野627番地 |
 |
|
岐阜市支部 1145 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳と雖も境内には三年迄千数百年以上の樹齢の大木ありしを思へば本地方有数の古社なるを知るべし。郷土の先住民天皇の御高徳を仰崇し郷土鎮守神として奉齋せる社にて、従来指定村社に列せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-6122 岐阜県岐阜市柳津町高桑4-143 |
 |
|
羽島支部 205 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 天正十七年御検地以前、両郷(衣斐村を言ふ。衣斐村は今島村大字大衣斐、小衣斐、領家、大野町相羽、麻生川合南方五の里の地域なり。)三分領大方あり睦霊場大隆寺(昔島村小衣斐にあり。天文十五年焼失)薬師島村領家にあり。建武三年創建等其の外諸神社焚天主(今川合村五之里の神社天神。小衣斐天満神社)須和南方諏訪神・・・・・・・・・・ |
| 501-0552 岐阜県揖斐郡大野町大衣斐96番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2923 |

|
|
南宮神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。由緒記述なし。・・・・・・・・・・ |
| 501-3218 岐阜県関市東志摩741番地 |
 |
|
関市支部 868 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 清和天皇山城男山に石清水八幡宮を建て給ふた。当社は往昔川添家の鎮守であったが、村民の願望に依り、元禄七年八月字中村に創建した。俗に此地を元八幡といふ。中組元八幡より現地に移転奉祀せられた。末社 津島神社は(年代不詳)疫病流行して村民大いに苦しんだ時、疫病鎮圧のため、尾張津島神社の御分霊を奉迎して一祠・・・・・・・・・・ |
| 503-1638 岐阜県大垣市上石津町上866番地の1 |
 |
|
養老上石津支部 3262 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、享保十五年六月二日再建の棟札あり。当村には中古土岐頼貞の三男三郎光直居城せし旨濃州主志略に見えたり。鎌倉幕府以来源氏の住所八幡宮を祀らざるなきに至れり。因りて当村にも八幡を祀りしものか。又考ふるに当神社のある組を入れ組と云へり。八坂入彦命に御縁由ある神社ならんか。当村には八剱神社も・・・・・・・・・・ |
| 509-0222 岐阜県可児市羽崎字大洞1046番地の1 |
 |
|
可児支部 597 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なれども、源義朝平治の乱に破れて、尾張國野間の内海に落ちんとせし時、この地を通過し、当社に参拝路次恙無く彼の地に至らむ事を祈りけるに、当村の伊藤某と云へる者、玄光と共に義朝を扶けて柴船に潜伏せしめて難なく彼の地に着船せしめたりと云ひ、古書に有名なり。当時義朝の休息せし地も休息所と云ふ。其の傍・・・・・・・・・・ |
| 503-1325 岐阜県養老郡養老町飯ノ木477番地の1 |
 |
|
養老上石津支部 3179 |

|