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宇都宮神社
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詳細
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創建当時は個人の守護神社の形にて、山中に鎮め山の守護神たりしが、栗田家一族増加して家数も多くなり、氏神として崇敬す。山は今共有山として代表名義に成り居るものなり。現今は宇都宮神社として地方に崇敬あつし。・・・・・・・・・・ |
503-0408 岐阜県海津市南濃町庭田字南山1121番地 |
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海津市支部 664 |
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津島神社
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詳細
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創祀不詳。往年疫病流行の際、之を鎮遏せんため、尾張國津島神社の御分霊を奉迎して創建したと傳へられる。境内山神神社(大山祇神)古来宇佐谷に奉祀のところ、万延元年秋、暴風雨のため神社破壊し、当境内へ移転したといふ。昭和六年一月二十一日当津島神社に合併した。境内金刀比羅神社。往昔、某農夫病によって金刀比羅・・・・・・・・・・ |
503-1631 岐阜県大垣市上石津町前ヶ瀬117番地 |
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養老上石津支部 3245 |
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住吉神社
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詳細
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創祀不詳。明治四十三年八月四日同村下真桑字桑原無格社西川神社(素盞鳴尊)同字高畑無格社新南宮神社(金山彦尊)を合併せんことを出願同月三十一日許可明治四十四年一月二十五日移転完了。昭和六年五月二十日同字無格社天満神社(菅原道真)出願同年八月三十一日合併完了。昭和二十七年三月本殿改築竣工。・・・・・・・・・・ |
501-0466 岐阜県本巣市下真桑字住吉1152番地 |
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本巣郡支部 2802 |
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津島神社
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詳細
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里伝に依れば、明和年中疫病大いに流行した故に諸病鎮遏のため尾張津島神社の御分霊を奉迎して創建したといふ。神社の神域にはいにしえは境外にあっが、安政末時代より現地に奉遷したものであるそうである。此の神社地旧地は唯願寺領で(朱印地)あったのである。毎年例祭には必ず神饌に供したる御酒一樽を同寺に贈ることに・・・・・・・・・・ |
503-1632 岐阜県大垣市上石津町下山367番地の1 |
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養老上石津支部 3248 |
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手向神社
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詳細
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当社古来牛頭天王と称し奉り、祭神は素盞鳴命。伝記によれば古くは現在鎮座地より南方約二十ほどの鳥居田(今なお現存)と称する処に路傍の小社あり。寛政二年悪疫流行し、村人祈願するに皆快癒せしと伝ふ。依りて当時手向村郷士池三左衛門現在の鎮座地を寄進し、村の信者集まり三宅児太郎を神職と定めたりと云ふ。(三宅系・・・・・・・・・・ |
509-7603 岐阜県恵那市山岡町上手向274.275番地 |
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恵那市支部 1622 |
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津島神社
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詳細
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明和七年疫病大いに流行せしを以て該病鎮遏のため、尾張國津島神社の御分霊を奉迎して創建せり。・・・・・・・・・・ |
503-1623 岐阜県大垣市上石津町上多良891番地 |
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養老上石津支部 3236 |
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八坂神社
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詳細
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創建年月不詳。当社は従来呂久村中宮村西村持ちなり。・・・・・・・・・・ |
501-0324 岐阜県瑞穂市呂久字町上1147番地の1 |
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本巣郡支部 2730 |
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津島神社
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詳細
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創祀不詳。当社はもと、真言宗正覚院(現在多良村大字宮にあり)の旧地下にあって、該寺の鎮守であった。何れの頃からか、当地の外、大字上鍛冶屋、谷畑の氏神となった。旧来「天王さん」と称せられ、信仰が篤かった。棟札は十六を数へ、延宝元年六月の修理を始めとして慶応に至るまで、再営三回に及んでいる。本社は社地林・・・・・・・・・・ |
503-1611 岐阜県大垣市上石津町奥185番地の1 |
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養老上石津支部 3227 |
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素盞鳴神社
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詳細
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詳かならざるも往古より氏子の敬神の念厚し。指定村社たり。・・・・・・・・・・ |
503-0022 岐阜県大垣市中野町字馬川218番地 |
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大垣市支部 1949 |
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素盞鳴神社
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詳細
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鎮座の年代は不詳なれども古来濃州西門間庄牛頭天王の祠宇として聞こえ、境内に松を植栽するときは祭神の処めありと傳へられしため、榎木多し。万治元年以来安政四年までに六回、その後明治年間に三回の再建又は再復を経て昭和十二年に本殿造営、境内整修せられ、氏子は多からざれども信仰は厚く、例祭は往時四月三日なりし・・・・・・・・・・ |
501-6267 岐阜県羽島市小熊町天王1丁目46番地 |
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羽島支部 260 |
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