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上神神社
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美濃市笠神、矢田川の長良川に合流するところ、平野のなかに独立した聖なる岩山を里の人たちは下照山と慕って、上神神社(かさがみじんじゃ)を奉斎した。古くは古宮と称する長良川の川岸に鎮斎されていたが、延宝2年(1672)洪水のため現在地に遷座奉斎した。御祭神は下照姫命を主神とし、天稚彦神、味耜高彦根神、御・・・・・・・・・・ |
501-3764 岐阜県美濃市笠神588・589番地 |
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美濃市支部 2473 |
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大船神社
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天平宝宇年間(757-764)東大寺良弁僧正が大舟山に草庵を結び聖徳太子の御作と言われる救世観音菩薩を安置する。現在は円頂寺、万光寺が交替で秘仏として保管している。天長年間(824-834)小野篁、関東下向の途次この地に本堂及び宝塔を建てる。延喜3年(903)醍醐寺の聖宝、密法を潅修し初めて大船寺と・・・・・・・・・・ |
509-7521 岐阜県恵那市上矢作町字高井戸3107番地の1 |
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恵那市支部 1612 |
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曽木神社
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詳細
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創祀不詳なれど、寛永十七年再建の棟札あり。・・・・・・・・・・ |
509-5402 岐阜県土岐市曽木町464番地 |
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土岐支部 2356 |
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玉取神社
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創祀不詳なると雖も、永正年中大膳当鶉田郷に城主たりし時、社殿を寄付改築せられたりと云ふ。猶御神像二体は古色蒼然として一千年以上の古代の作と拝察せらる。・・・・・・・・・・ |
500-8288 岐阜県岐阜市中鶉5丁目108番地 |
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岐阜市支部 978 |
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神明神社
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当社縁起維新の際散逸、草創は明らかではない。源平の頃義仲勧進する処なりと言ひ、義仲の時代を遡ると考へられる。大永6年遠山氏植苗木より今の苗木城を築き移転以前、飯田城主小笠原定基の領地。既に社殿あり、代官高柴伯耆守景長奉行再建とあり。当時は熊野神社と言われていた。遠山氏居城を苗木に築いてよりは、鎮守と・・・・・・・・・・ |
508-0101 岐阜県中津川市苗木字日比野1112番地の1 |
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中津川市支部 2228 |
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多為神社
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延喜年間創立。往古より西田原北手井組十有戸にて修繕維持せり。天保十年頃社殿腐朽棟札紛失祭祀中絶せしことあり。明治五年頃迄、隣村大杉村信徒祭事を補佐し、寛文五年代官根尾三右ェ門松井取右ェ門山林草木伐採禁止の制札を立て、管理す。明治四年内務省達を以て式内神社と定めらる。笠松県庁より菱川賢二出張を命ぜられ・・・・・・・・・・ |
501-3928 岐阜県関市西田原字平井1615番地 |
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関市支部 898 |
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南神社
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創祀未詳なれどもも里伝に曰く、本村南組各務某氏柘植氏の祖先これを創建すと云ふ。爾来南組三十四戸の者崇敬神とす。明治四年旧苗木藩の命により本村村社、字五明所足太田神社境内末社伊邪那美神社を合祀す。明治十三年三月十三日氏子の請願により、復旧を許可し、無格社となる。・・・・・・・・・・ |
509-8232 岐阜県恵那市飯地町2410番地の1 |
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恵那市支部 1673 |
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八王子神社
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創祀未詳。文化元年八月再興。古来村社。・・・・・・・・・・ |
509-5311 岐阜県土岐市鶴里町細野字大西447番地 |
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土岐支部 2338 |
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一之宮神社
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創祀未詳なれども、古書に祭神下照比賣命下照大権現等とあり、往昔より一之宮大菩薩と称し、大宮又は一之宮と称す。元禄検地帳他書に一之宮とありて、旧名張郷の産土神たり。慶長年間国主金森長近大衆院をして祭祀せしむ。金森家代々の崇敬篤く、社殿の造営修理葺替幣帛の寄進あり。金森家國替以来歴代の官人亦当社を崇敬し・・・・・・・・・・ |
509-4122 岐阜県高山市国府町名張字宮ノ前1691番地 |
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吉城郡支部 1305 |
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六社神社
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創立天正9年辛巳年12月15日とあれども恐らく往古より此の真福寺部落の各所に奉斎ありし六ヶ所の神社を現在の一社に合祀せし時が天正9年にして社名も六社と称しならむ。天正九年辛巳年12月15日當村住人中村一輔創立寛永18辛巳年8月再営、享保19年寅年8月再営、寳暦9己卯年6月修理、文化13丙子年4月再営・・・・・・・・・・ |
502-0081 岐阜県岐阜市長良真福寺字六本松3146番 |
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岐阜市支部 1184 |
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