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八幡神社
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詳細
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| 天和二年七月二十九日創建。元禄十一年九月六日再造営す。此の時隣接舟見村も亦此の神社を崇敬し、二ヶ村氏神となす。・・・・・・・・・・ |
| 503-1265 岐阜県養老郡養老町若宮17番地 |
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養老上石津支部 3130 |

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八幡神社
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詳細
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| 創立年月不詳。貞治年中鎮座の由、古老の口碑に存せり。寛永度領主小笠原土佐守社地寄付せられたり。境内社金刀比羅神社、嘉永元年九月勧請。爾来末社となれり。神明神社勧請年月不詳。古来末社。・・・・・・・・・・ |
| 503-1316 岐阜県養老郡養老町押越468番地 |
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養老上石津支部 3170 |

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神明神社
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詳細
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| 貞享四年十二月一日創建。以来村社にして文化二年濃陽村明細記田村の條に左の記録あり。 神明宮 社二尺五寸、二尺五寸 境内地御除地。・・・・・・・・・・ |
| 503-1271 岐阜県養老郡養老町田91番地 |
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養老上石津支部 3132 |

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白山神社
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詳細
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| 建永元年二月勧請。棟札に「奉建立白山大権現二月大吉日濃州不破郡別所村願主黒田氏。抑も当社白山大権現は往昔天台山正覚院末濃州不破郡久保寺の鎮守也。然新田氏足利氏発争戦。時に建武二年五月十八日足利勢兵火により久保寺百余坊焼失。之に依り重役黒田三七郎、源正常氏神與奉勧請此所安置する者也」とあり。境内社中山・・・・・・・・・・ |
| 503-1331 岐阜県養老郡養老町橋爪16番地の1 |
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養老上石津支部 3181 |

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神明神社
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詳細
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| 創立年月縁由不詳。文化二年濃陽村々明細記大墳村の條に「神明宮 社二尺五寸二尺五寸 境内御除地」とあり。明治十三年五月社殿再建。・・・・・・・・・・ |
| 503-1311 岐阜県養老郡養老町泉町148番地 |
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養老上石津支部 3156 |

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金刀比羅神社
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詳細
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| 宝暦年度の洪水の節、境内堤頭切ヶ所になり、爾後絶社の処、文久三年信徒有志を以て讃岐國那珂郡金刀比羅神社の神璽を乞受け来り、元治元年三月元社地の方位を卜し再建す。・・・・・・・・・・ |
| 503-1274 岐阜県養老郡養老町瑞穂堤塘敷地 |
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養老上石津支部 3139 |

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神明神社
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詳細
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| 天文三年差出帳(村中之支配宮五社隼人大明神拝殿御座候境内三畝十歩前々より御除地神明内宮境内一畝歩前々より御除地神明外宮境内十五歩前々より御除地白山権現境内十二歩前々より御除地若宮八幡宮前々より御除地。)文化九年十二月明細帳(神社六ヶ所、神明宮両社八幡宮白山大権現早人大明神弁才天右六社境内一反七畝十四・・・・・・・・・・ |
| 503-1384 岐阜県養老郡養老町下笠字和田685番地 |
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養老上石津支部 3212 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。従来より無格社。享和三年御領内明細記鷲ノ巣村の條に左の記録あり。 八幡宮 社二尺五寸、二尺五寸 境内御除地。 棟札天明六年正月奉拝殿造営。寛政九年十一月奉葺替御社と記しあり。・・・・・・・・・・ |
| 503-1261 岐阜県養老郡養老町鷲巣792番地 |
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養老上石津支部 3120 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。寛文五年時の領主小笠原土佐守より田一段二畝二十四歩寄付せられたり。境内二百九十坪。・・・・・・・・・・ |
| 503-1272 岐阜県養老郡養老町大場字宮屋敷251番地 |
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養老上石津支部 3134 |

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八幡神社
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詳細
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| 年代は詳かならざるも、当社曾て祝融の災に罹り、古文書類焼失したり。故に文献の徴すべきものなきも、口碑の傳ふる処によれば、創立の由来は今を去る数百年前、当村近傍に敬神の念殊に深き農夫あり。その霊夢により、八幡大神の御出現を見、一宇の社祠を創立。崇敬したる由言ひ傳ふ。棟札は、延宝二年のものあり。明和七年・・・・・・・・・・ |
| 503-1262 岐阜県養老郡養老町小倉868番地 |
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養老上石津支部 3123 |

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