
|
|
南宮神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳なるも、当村稲葉久吉の祖先孫七衛門と云ふ者美濃國不破郡宮代南宮神社を勧請すと云ふ。境内神社稲荷神社は祭神倉稲魂命を奉齋し、文久二年二月万場村民協議の上伏見稲荷神社より勧請す。・・・・・・・・・・ |
| 501-4611 岐阜県郡上市大和町万場2273番地の1 |
 |
|
郡上市支部 1514 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 古老の口碑に曰く、元文五年の頃もと印雀村字字堂ヶサコと申す山より村人神像を掘り出し同六年三月二日当社を今地に創設す。其の後何者か神像を盗去りたる故更に木像を調製し、之に換へ神体とす。・・・・・・・・・・ |
| 501-4232 岐阜県郡上市八幡町初音字堂ケタナ3156番地 |
 |
|
郡上市支部 1414 |

|
|
日吉神社
|
詳細
|
| 創立の儀天文二十二年と伝ふるも確実ならず。天文二十三年当村主遠藤六郎左衛門盛数といふもの、西京より勧請し、同村字和良殿に鎮座し奉り崇敬日増しに盛大なりしが、元禄十六年の大洪水の難に社宇悉く埋没せしより、御神体のみ避難その後今の地に奉遷安置せり。・・・・・・・・・・ |
| 501-4517 岐阜県郡上市和良町沢岡本907 |
 |
|
郡上市支部 1486 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 創建年月不詳と雖も古老の口碑には養老年中僧泰澄の創建にして則ち当郡四十九社の一なり。当地は元原野にして中央に一の檜あり。僧泰澄何か感ずる所ありしにや、該樹下に祠宇を建築し、且檜樹を神木なりとて併せて祀りし後野村、野尻、新羽根三ヶ村の村社に祭れりと故にや昔時泰澄が神木なりと崇めたる檜樹は今に朽ちずして・・・・・・・・・・ |
| 501-4106 岐阜県郡上市美並町白山字城山1438番地の1の1 |
 |
|
郡上市支部 1385 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 創立年月不詳なるも当社は元当郡切立村向鷲見村々境界の地字州河といふ地にありしを当村岩屋松治郎と云ふ者此の地に遷座す。(2271)を合祀す。・・・・・・・・・・ |
| 501-4453 岐阜県郡上市八幡町洲河字神田1463番地の1 |
 |
|
郡上市支部 1466 |

|
|
諏訪神社
|
詳細
|
| 旧領主遠藤氏先祖千葉介、大いに諏訪大神を尊敬し当地に祠宇を創建其の子孫遠藤十八郎胤宣慶長五年関ヶ原陣の際西軍に属し、改易となりしより村民の氏神となせりと云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-4236 岐阜県郡上市八幡町相生2600番地 |
 |
|
郡上市支部 1429 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 天応元年九月十三日当村筒井家なる者の祖創建崇敬す。・・・・・・・・・・ |
| 501-4451 岐阜県郡上市八幡町入間字神明200番地 |
 |
|
郡上市支部 1458 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 当社の創立は古より伝へ聞く天慶の頃に在りて、旧ト岩間山の巌頂に社殿あり。因って世に岩居神社と称し(社地古跡今に存す)八ヶ村の氏神にて(川佐村、歩岐村、在原村、神谷村、下津原村、吉田村、石原村、符道村なり)別当社僧あり。河合院と称す。(東常頼祈願所たる由慶保二十一年赤谷村日吉山王社の別当となり該地へ移・・・・・・・・・・ |
| 501-4204 岐阜県郡上市八幡町旭字朝日山658番地 |
 |
|
郡上市支部 1396 |

|
|
愛宕神社
|
詳細
|
| 島谷字愛宕前にあり、祭神は軻遇槌尊である。慶長5年(1600)遠藤慶隆が加茂郡小原(加茂郡白川町)に在城の時、地蔵菩薩の夢のお告げにより、徳川方となって和良街道を進み愛宕山に陣取って飛騨の金森可重と共に八幡城を攻めて勝利を得、同年より再び郡上城主となった。同9年1月愛宕に社を建てて地蔵菩薩を祭り、愛・・・・・・・・・・ |
| 501-4222 岐阜県郡上市八幡町島谷字愛宕前88番地の1 |
 |
|
郡上市支部 1409 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 元正天皇養老年中僧泰澄加賀白山開創の砌此の地を経過し時其の母泰澄の跡を慕ひて当村に来り日暮れに及び、道路に坂有りて越すこと不能。故に其の母坂の麓に一泊し、翌朝此の地の池に浴し、加賀國の白山に至ると云ふ。則ち泰澄再度当村に来り当社を開創す。所謂郡内四十九社の一社なりと云ふ。依って坂を弥坂と称し、坂の下・・・・・・・・・・ |
| 501-4101 岐阜県郡上市美並町上田字上村3503番地 |
 |
|
郡上市支部 1371 |

|