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八王子神社
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詳細
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創祀未詳。元禄十四年再建の棟札存す。昭和六年三月一日陶町大川字十三塚鎮座無格社天神社を合併す。・・・・・・・・・・ |
509-6363 岐阜県瑞浪市陶町大川716番地 |
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瑞浪市支部 1886 |

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荷機稲荷神社
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詳細
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延享元年(1774)ごろ連年凶作が続いたので村人達が村内安全、五穀豊穣祈願のため、この聖地に稲荷大明神を奉祀したところ次第に世の中は立ち直り、その後天明の大飢饉(1782)に際し京都伏見本社から御分神を勧請する議が起き村人6名が上洛し熱願懇望した結果、遂に文化元年(1804)3月御分社の神璽を戴き奉・・・・・・・・・・ |
509-6103 岐阜県瑞浪市稲津町小里560番地 |
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瑞浪市支部 1849 |

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吉備神社
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詳細
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万治四年三月十一日創祀。本社御祭神、大吉備津神、又の名五十狭芹彦神とも申し上げる。創建は万治四年三月十一日にして昭和四年より二百六十九年前なり。御祭神は人皇第七代孝霊天皇の御代に四遣将軍の一員として異母弟若日子吉備津彦命と共に勅命を奉し、針間國より始めて中国地方を鎮定し給ひ、功績著しき神にして吉備國・・・・・・・・・・ |
509-6132 岐阜県瑞浪市明世町山野内351番地 |
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瑞浪市支部 1860 |

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酒波神社
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詳細
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10世紀半ばに作成されたといわれる美濃国神名帳に正一位酒波大神と記載されている最高の社格をもつ古社である。境内には古墳があり小高い山頂にも拘らず、御本殿前の井戸には年中清澄な水が湧いている。中世この地を支配した土岐氏の崇敬する八幡神を合祀したため、明治初年に酒波神社と再改称するまで八幡宮と呼ばれてい・・・・・・・・・・ |
509-6251 岐阜県瑞浪市日吉町4088番地 |
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瑞浪市支部 1867 |

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明徳稲荷神社
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詳細
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謹んで明徳稲荷神社の御由緒を按ずるに、慶長年間寺河戸字龍門に住める郷士土井戸右衛門なる者京都伏見の正一位稲荷大明神の御分霊を勧請して、自家の下屋敷に奉祀せしに始まりしが、此の地土岐川に沿ひて、水害頻々なる為、明治四年三月寺河戸字森本に御鎮座の産土大神日吉神社の境内末社として御遷座奉祀し来りしが、大正・・・・・・・・・・ |
509-6121 岐阜県瑞浪市寺河戸町1029番地の17 |
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瑞浪市支部 1857 |

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八剣神社
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詳細
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嘉元二年二月鎮座。創祀の時後白河天皇の御宇保元二年三月尾州熱田大宮司の舎弟諸国大社巡行の砌偶々濃州小田郷に至るや日本武命が東夷を御親征遊され、御帰還の途上起りたりと伝ふる事象と同一の神秘的なる事象を見たるに因り、必ずや此の地は日本武命に何等かの因縁を有する土地なるべしとて小金塚に地を定め早速社殿を築・・・・・・・・・・ |
509-6115 岐阜県瑞浪市北小田町3丁目193番地 |
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瑞浪市支部 1854 |

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八幡神社
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詳細
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承元元年創立。その他由緒不詳。・・・・・・・・・・ |
509-6103 岐阜県瑞浪市稲津町小里623番地 |
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瑞浪市支部 1851 |

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天津日神社
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詳細
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創建年月日は不詳、古老の口伝によると往昔蒙昧とし雲霧放れず数日晴天を仰ぐこと能はず里民等之を患い神祗を祈る事久し、或日此処より雲霧晴始め遂に晴天白日を歓仰せしあまり当地に祠を創建せし也と云う。是れ一書に孝霊天皇の御代の頃なる由を記せり、方今に到りても遠国の人民も参詣し諸社巡拝の輩も当社を漏すことなし・・・・・・・・・・ |
509-6251 岐阜県瑞浪市日吉町6034番地 |
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瑞浪市支部 1876 |

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八幡神社
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詳細
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寛文8年南側の地に八幡山安楽院神誓寺を建立して社僧を居き、法印法師たる身分を以って弔事を除く神仏祭事一切を司りて七代、約200年を経たり明治初年神仏分離令が制定され、以前の行為は凡て排除され神官を以って神徳高揚に任ぜられる。明治6年神社諸制度改革のおり当宮も八幡神社と社名を改め社挌を村社に指定される・・・・・・・・・・ |
509-6104 岐阜県瑞浪市山田町468番地 |
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瑞浪市支部 1852 |

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浅間神社
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詳細
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勧請年月日未詳。寛永十六年以来の再建棟札今に存す。大川の中央浅間山の山頂に鎮座ありて古来衆庶の信仰厚く本町及び近隣の村里に旱すれば雨を祈り、或いは此神を敬すれば能く悪病を免れ、怪我の難を避くと、故に遠近の里人登山する者少からず、年々九月二十日大川一同に於いて執行せり。明治四十一年三月御料地より三百八・・・・・・・・・・ |
509-6363 岐阜県瑞浪市陶町大川573番地 |
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瑞浪市支部 1887 |

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