長彦神社 (ながひこじんじゃ)
通称     
主祭神  
      志那津比古神(しなつひこのかみ)
      志那津比女神(しなつひめのかみ)
摂末社祭神     
地図 map
住所        
〒503-1614 岐阜県大垣市上石津町一之瀬2288番地の1
由緒由来  
日本書紀天武天皇紀に「白鳳四年四月遣小柴美濃王小錦下佐伯連廣足祠風神于龍田立野、遣小錦中間人連蓋大山中曽根韓太祠大忌神于廣瀬河曲」とあり、考ふるに、白鳳四年美濃王(壬申役に天武天皇に徴されて功ありし人、当國居住、橘諸兄公の父にして和銅四年歿)及び佐伯連廣足が勅命を奉ぜし縁故を以て其の後龍田の風神を当國牧田川の上流たる本村に祀り、長彦神社と称し、更に其の鎮座の地を倭に倣ひ立野と呼び、同時に廣瀬を同川の下流多岐村に祀りたるならむ。今現に当郡多芸村に式内多岐神社(祭神廣瀬大忌神)あり。是彼の大和の龍田廣瀬の地に擬し風神を上流に大忌神を下流に祀り、暴風の災なく、禾稼の豊饒を祈りしものと水量さる。和名類聚抄に美濃國多藝郡の御名中「立野」あり、此の立野たるや、一之瀬村の古名にして慶長十四年美濃國石津郡一之瀬村御縄打水帳には長彦神社近接の字名を「たつの」と記し、現在付近の田を「たつの田」と称す。三代実録及び類聚国史に「貞観十一年十二月五日授美濃國正六位上長孫神従五位下」とあり、又美濃國神名帳に「多藝郡従四位上長彦明神」とあり。以下略
祭礼情報  
4月4日