六之井神社 (ろくのゐじんじゃ)
通称     
主祭神  
      天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
摂末社祭神     
      武甕槌神(たけみかづちのかみ)
      経津主神(ふつぬしのかみ)
      天児屋根命(あめのこやねのみこと)
      姫神(ひめがみ)
      仁徳天皇(にんとくてんのう)
地図 map
住所        
〒503-2425 岐阜県揖斐郡池田町六之井862番地の1
由緒由来  
仁安二年五月創祀。六条天皇の御宇仁安二年五月勧請。庄内鎮護の古社にして若一王子宮と称し庄内の崇敬最も深厚なる著名の神社とす。按ずるに永暦元年七月二十二日後白河上皇紀伊國熊野の本宮を帝都に勧請し新熊野と称し給ひ仁安二年五月上皇二十八ヶ所の庄内を寄進し給ふ。其の二十八ヶ所の庄園内に濃州池田庄六之井艮の地の熊野第一の摂社若一王子宮を勧請庄内鎮護の社となし給ふ。養和元年十二月八日国司に命じ庄内二十八ヶ所に臨時賦役を課する事を禁ぜらる。寿永元年四月十八日領主の命により行基菩薩の御作なる聖観世音菩薩の像を巡礼街道の観音堂より本社の霊西に転座安置し、奥の院とす。寿永二年四月拝堂宇創建す。聖福寺と称し本社の別当とす。長禄元年之兵火に罹り神廟並拝殿焼失同年九月神廟再建寛正二年二月御神体一座奉刻神殿宇を新建す。文亀二年火災に罹り聖福寺廃頽古文書宝物等灰燼。享保十三年五月十八日本社の奥の院観世音菩薩を妙勝寺境内に転座安置す。明治五年若一王子宮を六之井神社と改称す。明治十一年九月社殿再建。大正元年八月十九日村社春日神社及び村社八幡神社を本社に合祀し同時に大字六之井字村西862番地の1無格社神明神社境内に移転し、境内地を拡張す。無格社神明神社、同秋葉神社御鍬神社同八坂神社同稲荷神社同琴平神社を茲に移転し、無格社山神神社に社を合祀一社として境内神社とす。大正十一年七月三十一日祭神天照大神と決定。大正十三年三月十八日郷社に列せらる。
祭礼情報  
4月18日〔2日間〕