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八幡神社
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創祀不詳。天保二年四月十九日、慶応三年四月吉日、文化二年濃陽村々明細記宇田村の条に八幡宮社三尺五寸、三尺五寸拝殿九尺二間境内二畝十八歩御除地とあり。・・・・・・・・・・ |
503-1335 岐阜県養老郡養老町宇田字六反田782番地 |
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養老上石津支部 3190 |

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八幡神社
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創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
503-2227 岐阜県大垣市青野町489番地 |
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大垣市支部 2100 |

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八幡神社
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名簿記載なし。所在不明。何れかの神社に合祀済みか。・・・・・・・・・・ |
503-0653 岐阜県海津市海津町高須町354番地 |
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海津市支部 3299 |

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八幡神社
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創祀未詳なれども恵那郡八社の内従五位下長窪明神と記され、旧領主遠山家代々の信仰厚く、恵那郡内古社の一なりと云ふ。明治十一年十一月再建。・・・・・・・・・・ |
509-7702 岐阜県恵那市明智町杉野字長久保1067番地 |
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恵那市支部 1633 |

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八幡神社
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当社は文政二年正月七日一社を創設し、応神天皇を斎き奉りて産土の大神と称辞奉り五穀成就村内安全を祈願するに至りて今日に至る。旧正月十七日には年の豊凶を占う粥付けの祭りを執行せり。然るに明治二十九年七月二十日木曽川堤決壊の為社殿流失し縁由不詳なるも、明治三十七年以来社殿及境内の諸設備を改修し来る。・・・・・・・・・・ |
501-6233 岐阜県羽島市竹鼻町飯柄2097番地の1 |
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羽島支部 235 |

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八幡神社
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創立年月日は不詳なるも、古社である事は左により推定ができる。深濱は元和中一國帳に載せて有る安田村宮地村梶屋村と四ヶ村共小笠原土佐守(高須城主)の領する所で、本阿弥新田開発の時(慶安の初年)垣内に囲込みたり。承応三年小笠原土佐守検地して「此の村は往古より之有り候処、本阿弥堤内に囲込みたるも此畑古田々付・・・・・・・・・・ |
503-0644 岐阜県海津市海津町深浜字中52番地 |
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海津市支部 736 |

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八幡神社
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慶長十九年四月九日安八郡海松村より移転創立。・・・・・・・・・・ |
503-1275 岐阜県養老郡養老町大巻字八ノ割無番地 |
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養老上石津支部 3140 |

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八幡神社
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永禄六年河本九郎左衛門正吉建立。丁年洪水の時社殿流破せしが、神宝のみ柳森に漂着し給ふ(柳森は当社より一町程南方に当たり今田畑となれり)而して百年程を経て承応二年更に本殿を改造せんとす。依って九郎左衛門五代の末孫河本八左衛門正勝社地の樹木を売却し、此の費用に充つことを領主戸田氏に出願し速やかに許可あり・・・・・・・・・・ |
503-2412 岐阜県揖斐郡池田町砂畑6番地 |
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揖斐郡支部 3054 |

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八幡神社
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創建年月不詳。里傳に曰く、高須旧藩主尊敬の念厚く、乗馬御通過の際必ず下馬遊され、其の神徳特に広大なる為遠く桑名地方より参詣者多数あり。又往古洪水の折御神体一時紛失中の処安江堰に留まりあると夢の御告げに依り村人一同総出して之を奉遷せりと云ふ。其の御神徳を慕ひ為に崇敬者益々多く、浄財を寄進する者増加し現・・・・・・・・・・ |
503-0652 岐阜県海津市海津町馬目207番地 |
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海津市支部 747 |

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八幡神社
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創建年月不詳。当社波須村並万石村両村の村社として古来より尊崇せり。享和三年御領内明細記波須村の條に左の記録あり。一、八幡宮 社 三尺六寸三尺五寸 拝殿二間四間 鳥居二間二尺五寸九尺六寸 大門四畝二十歩御除地 境内二反一畝五歩 御除地。・・・・・・・・・・ |
503-0811 岐阜県大垣市波須560番地の1 |
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大垣市支部 1971 |

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