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熊野神社
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創祀未詳。久々利郷五社の内に一社なり。寛永元年十二月再建。願主馬場三郎左衛門尉濃州可児郡久々利之内柿下村氏子繁昌所と記せし棟札あり。正保元年より以前は毎年五月五日神榊を奉じ乗馬一匹を牽き出し久々利村馬場町に至り、久々利郷八幡?~社始め五社祭式を執行し、流鏑馬を馳駆せしむる例なりき。寛文七年より久々利・・・・・・・・・・ |
509-0233 岐阜県可児市柿下655番地 |
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可児支部 611 |

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大河戸神社
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当社の御祭神は、天照皇大神・家津御子神・熊野夫須美神・速玉男神を奉斎する。美濃国神明帳旧厚見郡18社の内、正六位大河戸明神是なり。里伝に曰く当社は往古水難鎮護の為、祀る処なり、旧社地は往時長良川の西岸に在りて方県郡河渡村に接し旧字大河戸と称す。長良川流域変換の後川東となり此の地を芦竹と称す。維新前老・・・・・・・・・・ |
501-0117 岐阜県岐阜市江崎3丁目118番地 |
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岐阜市支部 1056 |

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熊野神社
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創建年月日不詳。古来一村氏神とす。古文書及棟札等は往年火災に遭い加ふるに藪川筋堤防決壊に依り焼失或いは流失せしため、現存せざるも口碑伝説の古記録に依れば、鎌倉権五郎景政十三代の曾孫垂井城主長屋太郎右衛門景教の嫡男長屋大膳亮景興の嗣男長屋與五右衛門景直の二男長屋二郎丸景満の創建なり。祖父長屋大膳亮景興・・・・・・・・・・ |
501-0512 岐阜県揖斐郡大野町上秋字権現前176番地の1 |
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揖斐郡支部 2899 |

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春日神社
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創建年月及縁由不詳
「寺尾千本桜」として有名な武芸川町谷口字寺尾地区には3つの神社があるが、当地の総社といえる。創建不詳であるが里伝によると、むかし寺尾では6月21日は神様がお通りになる日であるから不敬があってはならないと全戸が戸を閉め家の中で静かにしていた。
ある年、某が戸の隙間から外を見ると・・・・・・・・・・ |
501-2601 岐阜県関市武芸川町谷口2328番地 |
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武儀支部 2583 |

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熊野神社
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和銅三年九月九日創祀。当村池戸氏祖創建と云ふ。何年頃か大風雨の為社宇転倒せしに依り該山の下なる岩穴に祀りしを応永三年元の地に復し当社再建せり。その後遠藤氏飛州より当郡上に討ち入りの際祈願を得、社領として田五畝八歩並に高八斗二升八合定米一斗九升二合五勺を附す。正徳三年幕領となり、上地に依り村内一同嘆願・・・・・・・・・・ |
501-4451 岐阜県郡上市八幡町入間字大洞2356番地の1 |
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郡上市支部 1455 |

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熊野神社
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古老の伝ふる処、祭物は黄金の短鶏にして神威厳然新しくして参詣夥多あり。境外大門は安八郡墨俣村に連絡し、右村に鳥居あり。通客其の前で乗駕するもの往々落馬或いは駕中にて目廻し或いは頭痛の患ありしを神霊不敬の祟りなりとて、村民大いに恐懼ありしが、領主の命により鳥居並びに境外大門を破毀し、尋ねて境内も搾され・・・・・・・・・・ |
501-0236 岐阜県瑞穂市本田字丸竹870番地 |
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本巣郡支部 2697 |

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熊野神社
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
504-0934 岐阜県各務原市大野町字宮山1079番地の1 |
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各務原市支部 809 |

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熊野神社
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創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
501-1183 岐阜県岐阜市則松字大洞口1183番地 |
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岐阜市支部 1105 |

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熊野神社
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詳細
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創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
503-2401 岐阜県揖斐郡池田町沓井権現489番地 |
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揖斐郡支部 3040 |

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天神神社
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創立年月日不詳なれども伝説に古昔氏神として熊野神社同境内に神明神社を祀れり 桓武天皇延暦二十二年八月十三日伝教大師同郡横藏寺を建立し 本尊薬師如来を自刻して納め上足の弟子を住職たらしむ 其際此所彼所に坊を建立せり 利生院は其いにして現今の善長寺是なり 此時代に日吉神社同境内に神明神社を祀れり 其後・・・・・・・・・・ |
501-1312 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲大洞805番地 |
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揖斐郡支部 3029 |

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