
|
|
御鍬神社
|
詳細
|
| 御鍬神社の御神体は文久時代に美濃國牧田へ御三体遷せられ、その御一体が本村今須村に遷せられたもので、農事の守護神として信仰厚く、神事を執ってあります往年は六十一年目に盛大なる祭りを営まれます事に定められて居ります。追々末年に相成堂歩退敗し、其の跡のみを存しています。茲に明治二十五年の春偶然同機相求めら・・・・・・・・・・ |
| 503-1543 岐阜県不破郡関ケ原町今須3799番地の1 |
 |
|
不破郡支部 2528 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 慶安元年九月足立茂右ェ門の創立にて、始めは同氏の氏神なりしが、何時しか郷土住民の崇敬厚くなり、明治六年村社に列格された。・・・・・・・・・・ |
| 501-3821 岐阜県関市平賀町2丁目36番地 |
 |
|
関市支部 881 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 慶安二年四月二十一日氏子中勧請鎮座。大正十三年八月廿日谷村須衛字丁田無格社南宮神社同大字字井坂無格社津島神社同大字字井坂無格社白山神社を当社に合併す。・・・・・・・・・・ |
| 509-0108 岐阜県各務原市須衛町5丁目83番地 |
 |
|
各務原市支部 825 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 神鳳秒日内宮池田御厨六十七町七反三百歩上分田六町反別百五十文宛八丈絹六匹紙五十帖絹七匹貢献とあり。当郡長瀬村永保寺旧記池田御厨長瀬村云々大原村云々之れによりて考ふれば往古は方今の八ヶ村は御厨神領たる事明らかなり。御厨の廃せられたるは何時なるや不詳。神明神社を祀れるは、御厨のありし故なり。社地は古来よ・・・・・・・・・・ |
| 507-0048 岐阜県多治見市池田町6丁目18番地 |
 |
|
多治見支部 1916 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀未詳と雖も、貞享元年十二月再建。天正四年別当龍寶山円満寺地福法印代再建其後天和二年雷火にて炎上棟札等灰燼因りて茲に初発鎮座三年歴不詳。其後貞享元年別当仲安代再建。本願山内六左衛門、松村徳右衛門。・・・・・・・・・・ |
| 509-7601 岐阜県恵那市山岡町久保原1445番地 |
 |
|
恵那市支部 1618 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 社伝によれば、平安朝初期以前の創祀。社殿に曰く当社は当該地方開闢の時祭祀せる旧社にして、則ち地主神なり。当國荒城郡(中昔吉城と改称)飽見郷(中古小麻利郷と改称)角川村(現河合村角川)は河合坂下村内にて広闊平坦の土地なり。本村は乾の方地勢自ずから高き岡丘字市の平に位し、境内老杉巨藤鬱蒼たり。天長年間僧・・・・・・・・・・ |
| 509-4301 岐阜県飛騨市河合町角川1531番地 |
 |
|
吉城郡支部 1333 |

|
|
駒塚神社
|
詳細
|
| 文禄三年九月十三日創立され、その後の沿革は不詳なれど、旧家に保存されていた古文書に依ると、慶長十年二月、元和五年正月、寛永九年十一月、正保三年正月、寛文元年九月、貞享五年十一月、正徳三年正月と過去七回に亘って造営した記録あり。又明治五年郷社に定めらる。明治四十二年一月境内神社春日神社(武甕槌神、経津・・・・・・・・・・ |
| 501-6234 岐阜県羽島市竹鼻町駒塚570番地 |
 |
|
羽島支部 237 |

|
|
雙六神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。棟札に元和三年十一月二十一日奉造立後宮とあり、此より古き棟札二枚あり。文字不明にして年紀を知るを得ざるも、三百年以上前よりの古社にして当地産土神として崇敬し社殿完備に努め来るものなり。大正十二年三月二十五日大字新宮《白山神社》を合祀。
平成22年9月新社殿造営、平成23年3月拝殿新築・・・・・・・・・・ |
| 501-2253 岐阜県山県市日永875番地 |
 |
|
山県市支部 1786 |

|
|
寺尾神社
|
詳細
|
| 創建年月不詳不詳なるも里伝によると、隣村の洞戸村から白山様のお守り(維持管理)を依頼されて、白山神社を合祀したと伝えられる。
当地武芸川町谷口字寺尾は旧武芸川町の一番北にある地域だが、寺尾神社は寺尾地区の最北端、旧洞戸村との境にある。井上姓10数件の氏神であるが、寺尾地区の北の守り神、また旧武芸川・・・・・・・・・・ |
| 501-2601 岐阜県関市武芸川町谷口2635番地 |
 |
|
武儀支部 2580 |

|
|
六社神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2122 岐阜県不破郡垂井町表佐字二番屋敷1525番地 |
 |
|
不破郡支部 2562 |

|