
|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 当村は古来若山飛騨守政家の鎮守にありしが応永の頃若山飛騨守入道道宗と改称し、当國石津郡牧田荘に落居し、此の地に一宇を建立す。移転の年月は不詳なりと雖も造営の記録に詳なり。棟札、一、享保三年二月若宮八幡宮。一、天明二年六月牧田山村郷柿屋文吉。一、安政三年歳暮冬二十八日奉遷宮八幡宮一宇。一、文政七年八月・・・・・・・・・・ |
| 503-1602 岐阜県大垣市上石津町牧田1439番地 |
 |
|
養老上石津支部 3225 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 年代は詳かならざるも、当社曾て祝融の災に罹り、古文書類焼失したり。故に文献の徴すべきものなきも、口碑の傳ふる処によれば、創立の由来は今を去る数百年前、当村近傍に敬神の念殊に深き農夫あり。その霊夢により、八幡大神の御出現を見、一宇の社祠を創立。崇敬したる由言ひ傳ふ。棟札は、延宝二年のものあり。明和七年・・・・・・・・・・ |
| 503-1262 岐阜県養老郡養老町小倉868番地 |
 |
|
養老上石津支部 3123 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 当神社勧請年代不詳。古来より当区の産土神なり。明治三十五年荻町より本殿を譲受け改築す。・・・・・・・・・・ |
| 501-5623 岐阜県大野郡白川村椿原字家ノ高120番地の1 |
 |
|
大野支部 2116 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀縁由不詳。明治三十二年水災の為め字鷹野1054-1無格社神明神社を境内社とす。昭和二十六年十二月木曽川上流改修のため境内地を移転す。名和幾二郎、小林光治所有地の処境内地となし、昭和二十年十一月農地改革により神社有地田一反六畝畑二反五畝を解放。・・・・・・・・・・ |
| 501-0103 岐阜県岐阜市一日市場字鷹野1060番地の1,1059番地の1 |
 |
|
岐阜市支部 1035 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、享保十五年六月二日再建の棟札あり。当村には中古土岐頼貞の三男三郎光直居城せし旨濃州主志略に見えたり。鎌倉幕府以来源氏の住所八幡宮を祀らざるなきに至れり。因りて当村にも八幡を祀りしものか。又考ふるに当神社のある組を入れ組と云へり。八坂入彦命に御縁由ある神社ならんか。当村には八剱神社も・・・・・・・・・・ |
| 509-0222 岐阜県可児市羽崎字大洞1046番地の1 |
 |
|
可児支部 597 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なれども、源義朝平治の乱に破れて、尾張國野間の内海に落ちんとせし時、この地を通過し、当社に参拝路次恙無く彼の地に至らむ事を祈りけるに、当村の伊藤某と云へる者、玄光と共に義朝を扶けて柴船に潜伏せしめて難なく彼の地に着船せしめたりと云ひ、古書に有名なり。当時義朝の休息せし地も休息所と云ふ。其の傍・・・・・・・・・・ |
| 503-1325 岐阜県養老郡養老町飯ノ木477番地の1 |
 |
|
養老上石津支部 3179 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 神社古文献に依れば元禄十三年十月の創建に係わり天明三年十月再建。社人又兵衛とあり。古来当組の村社なり。・・・・・・・・・・ |
| 509-3107 岐阜県下呂市小坂町無数原538番地 |
 |
|
益田支部 340 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 明暦時代の創祀か。当八幡神社は上高屋字入方に存在せし神社明細書に記載の神社にて古昔に関する由緒は一切不詳なれども、古来よりの口碑伝説に依れば本社の創建は明暦二年なりと。尚当社の燈明に享保年中供米十俵を御地頭より戴き乾と改む。乾茂左ェ門吉楽と彫刻有るも果たして真実のものなるかは古書類無きに於いては不明・・・・・・・・・・ |
| 501-0411 岐阜県本巣市上高屋字大判1049番地の1 |
 |
|
本巣郡支部 2751 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳と雖も境内には三年迄千数百年以上の樹齢の大木ありしを思へば本地方有数の古社なるを知るべし。郷土の先住民天皇の御高徳を仰崇し郷土鎮守神として奉齋せる社にて、従来指定村社に列せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-6122 岐阜県岐阜市柳津町高桑4-143 |
 |
|
羽島支部 205 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-6025 岐阜県各務原市川島河田町字山ノ瀬1245番地 |
 |
|
各務原市支部 150 |

|