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神明神社
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詳細
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| 元和二年九月創祀。享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の為東に移り元和年間開拓の鎮守として天照大御神を奉齋すと傳へ里人五穀豊穣を祈願するを例とす。往古は神楽煙火等ありて盛大を極む。・・・・・・・・・・ |
| 501-0535 岐阜県揖斐郡大野町加納1105番地 |
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揖斐郡支部 2919 |

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八幡神社
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詳細
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| 揖斐川町大字小野臨済宗東光寺鎮守の神社なりしが、村人の崇敬篤く為に村人と相謀り本社八幡神社、境内社素盞嗚神社を大字小野字北屋敷139番地の1に遷座氏神として奉齋。祭祀を一月十五日六月十四日八月十五日の三回村人氏子に強合三個を配る。現在その風習を続けている。・・・・・・・・・・ |
| 501-0612 岐阜県揖斐郡揖斐川町小野139番地の1 |
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揖斐郡支部 2959 |

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神明神社
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詳細
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| 織田信長堂宮を焼亡ぼすと云ふ噂に里人二ノ宮神社の本尊を二つに分け守護し奉りしにあにはからんや本宮は焼き払はれたが、本社には異状なく、織長亡びし後一つを西の宮とし、一つを東の宮(現二ノ宮神社)とし、里の名を新しき宮の村即ち新宮と名付け氏神として年々祭事を執行し、現今に至る。昭和六年三月十二日岐阜県指令・・・・・・・・・・ |
| 501-0628 岐阜県揖斐郡揖斐川町新宮42番地 |
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揖斐郡支部 2982 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2501 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束3477番地の1 |
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揖斐郡支部 3083 |

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天王神社
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詳細
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| 天正十四年三月創祀。天正十四年の創建とあり。加納氏一族の守護神として祭祀し、訴訟の際は里人祈願するを例とす。明治十一年衣裴井水につき紛擾起こるや遂に訴訟沙汰となり、関係者一同其の勝訴を祈願せしに遂に大審院の判決に依り勝訴を得たり。依って神霊の顕著なるに畏服して崇敬の念を増大す。宝暦二年及び安政三年社・・・・・・・・・・ |
| 501-0554 岐阜県揖斐郡大野町五之里800番地の1の1 |
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揖斐郡支部 2926 |

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天満宮神社
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詳細
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| 創立年月不詳なるも旧領主岡田家の陣屋内に鎮守として代々崇敬厚く、儉斎公の謹書奉額今尚存せり。明治維新後廃藩と共に此の地奉遷前島組の神社として尊信す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪2744番地の3 |
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揖斐郡支部 2984 |

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八幡神社
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詳細
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| 当社は元大字西横山字宮下に鎮座せしが、境内狭隘参拝上不便なるため、現在の地に移転し、且つ境内地たる神社有地と元境内地とを交換せんことを出願し、昭和三年二月七日岐阜県の許可を得てしょうわ三年四月二十五日移転を了す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0805 岐阜県揖斐郡揖斐川町西横山397番地の4 |
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揖斐郡支部 3011 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古は千代河戸西北約五十間。今宮跡田と称する字千代河戸1324番地付近に鎮座。応永年間字中屋敷1424番古宮跡と称する処に移徒慶長初年現地に再び移徒。慶長初年西尾豊後守光教当城主となるや、当庄の惣社たる揖斐城鎮護神の荒廃せしを嘆き往古の大社を追懐し、新地を相し境内及神殿を寄せ、境内に七宅を建て社家花・・・・・・・・・・ |
| 501-0603 岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方1399番地 |
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揖斐郡支部 2951 |

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神明神社
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詳細
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| 寛永年中覚岸院様京都御勤番の時、安八郡貝曽根村稲川庄兵衛に領分内にて開拓を仰付られ、此の地に住し、其の当時鎮守の神として奉祀せしものにして寛永五年三月の棟札あり。村民の信仰最も厚し。・・・・・・・・・・ |
| 501-0511 岐阜県揖斐郡大野町稲畑字中之長183番地 |
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揖斐郡支部 2898 |

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八幡神社
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詳細
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| 大正六年七月十日県庁の許可を得て境内社富士並神社(木花佐久夜毘賣命)地福神社(豊受姫命)五穀神社(豊受姫命)の三社を合併奉齋し今に至る。・・・・・・・・・・ |
| 501-0804 岐阜県揖斐郡揖斐川町東横山488番地 |
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揖斐郡支部 3012 |

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